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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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今年の初凍り!
京都も朝晩が冷えるといいますか、一桁温度の季節となって参りました。

朝、クルマに乗り込もうとすると… 前が見えない!
今年の初凍り!です。

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日中風がなければ、さほど寒さを感じないのですが、
やっと京都の冬らしいお天気になりました。

1日の日曜日で、京都市内の紅葉もライトアップも一通り終了し
観光シーズンも一段落といったところ(のはず)です。


今週は、海外からビジネスパートナーがお越しなので、
京都の文化にふれる場所にご案内… と
いってもどこへお連れすればいいのか、いざとなると悩んでしまいます。

桂離宮とBooks&Thingsは先方のご要望。

現在、桂離宮、京都御所、修学院離宮など
事前に面倒な申し込みをしないと入れなかった場所に、
空いていれば当日でも入れるようになりました。

国の観光ビジョンによる見学の施策です。

Books&Thingsは、古門前の古書店ですね。


京都を観光されるには、この氷の張るような季節が穴場だと思います。
寒くて人が出歩かない季節こそ、ゆっくり見学ができます(のはずです)。

といっても、京都はホテル建設ラッシュ!!
これからインバウンドの皆さんがまだまだ増加していくことを考えると
観光を受け入れる側も、しっかりと対策を考えていかねばなりません。


さて、若林はなにを仕掛けていきましょうか。


クルマの展示会にて
日曜日に、国際会館でのクルマの展示会に行って参りました。


「MATSUSHIMAホールディングス」といって、京都のディーラーさん。
アウディやBMW、MINIといった外車を多く扱われています。

そこにMAYBACH(マイバッハ)のS650ベンツが置いてありました。
完全VIP対応の高級車仕様です。

この中身がちょっと興味深い。

松島さんの会社にKiwakotoというブランドがあります。

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伝統工芸がクルマというカタチをまとって進化する…
きわこと(際殊)とは古語で「格別であるさま」という意味だそうです。

実際に後部座席に座ってみると…

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まず、天井が西陣織の布で覆われています。
ドアレバー横や後部座席まわりなどの木部には漆・蒔絵が施されています。

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メイキングムービーの漆の場面では、堤漆の専務さんがお話されていました。
施工はすべて京都の工芸に携わる方々ばかりです。

クルマの内装基準からすると工芸技術を多くの場所に使用することは
難しいのかも知れませんし、その分コストも跳ね上がります。

しかし、こうして実際にそれを施したクルマを見るとイメージが湧きます。
いずれ若林佛具製作所にもこういう具体的施工例を見せる場所が必要です。

単一職種ではない複合的職種の集合体である京都の仏具職人、
若林佛具製作所がチャレンジをスタートしている、
「京都の仏具職人の技術を新たな分野のプロダクトに応用する」という取り組みは
その技術の多様性から、カタチや場所にこだわらない、
施工対象の広い、非常に自由度の高いものです。

多くのクリエーターとの協働は、その取り組みを具体的に実現していく手段なのです。


これからますますチャレンジを加速していくためにも、行動あるのみですね。


商工中金 全国交流大会!
全国から2000名近くの方々が京都へお越しになりました。

「第32回 商工中金 全国交流大会」

主に国立京都国際会館のイベントホールと本年完成したニューホール他を使用して
講演会、分科会、物産展、ワークショップなどさまざまな催しが行われました。

若林佛具製作所としては「物産展」にて数珠の販売出展、
「ワークショップ」の数珠つなぎ体験では、多くの方々にご参加いただきました。

お手伝いいただいたK念珠の皆様、
そして店長、仏壇部の女性の皆さんありがとうございました!!
(写真を撮るのを忘れました…)

私はというと、数日前に交流会の“場面転換”の責任者を頼まれ、
朝から交流会場にてリハーサルと打ち合わせに追われていました。

スタートは南観音山の「祇園囃子」。
“コン チキ チン”の音に合わせて参加者が入場してこられます。
総勢1500名!!
立食形式ですが、交流会場が広すぎて迷うほどです。

入場が終わると、祇園甲部による「手打」の入場。
ベテラン芸妓さんしか参加できず、また失敗が許されないとのことで、
特に慣れてない方は、かなり緊張の場のようです。

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「手打」の由来は下記の通りです。


歌舞伎が発祥の地の京都では、毎年十一月に役者の顔見世が行われて(慶長8年ごろ)、
四条鴨川の川原には太夫元、座頭、役者などが出演の契約を結ぶために「手打ち」を行いました。
(お互いに手を打ち合わせて契約を結びました)
このような固めの手打ちとは別に、顔見世の招き看板も上がり、
歌舞伎役者などが芝居小屋入りするのを迎えて、
馴染みのの人々が盛大に「手打ち」を行うことがありました。

これが現在の祇園の芸妓さんの「手打ち」の元になっています。
芸妓さんの「手打ち」は、舞ではありません。 
現在、南座の顔見世興行は、十二月に行われていますが、
昔のような契約ごともなく、芸妓さんの「手打ち」だけが、残っています。
「手打ち式」は数十人の芸妓さんが黒紋付姿に、
笹りんどうの紋の手ぬぐいを細長くたたんで頭にのせ、
紫檀の拍子木を打ち鳴らしながら舞台上にでてきます。
その中に「木頭」とよばれる人がおり、その音頭にあわせ、
お囃子や唄を歌い、ほめ言葉を言ったりと、とても華やかで雅やかなものです。

他にも芸妓さんの「手打ち」は慶事のある席で伝統芸として披露されます。


「手打」は何度か拝見したことはありますが、設えたのは初めて。
芸妓さんは草履を抜いで足袋で舞台に上がるため、それまで舞台上は土足厳禁となります。

祇園囃子は台本ではステージの上だったのですが、急遽フロアでの演奏となりました。
こちらの思いが伝わっていなかったこともあり

メンバーの皆様には申し訳なかったと思います。

交流会も場面転換もすべて無事終了。
JC時代以来、久々の設営感覚を味わいました。

私のお役目もこれで終了と思いきや、
翌日は6時から八条口でのゴルフの方々のお見送り。

眠い土曜日となりました!!
京都は秋晴れ!!
またまた非常に強い台風がやってきています。
関東直撃の様相で、またまた千葉あたりが心配ですね。


昨日、久々の本社屋上へ。

透き通る秋晴れ。
雲一つなく、空気が澄んでいて、朝日が眩しい!

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下の写真
西本願寺さんの御影堂の向こう(屋根右端)には大文字送り火の“鳥居形”が見えます。
嵐山の方向ですね。
後ろにそびえる高い山は愛宕山です。

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たまたま一昨日の夕刻も、あまりに空がきれいだったので屋上へ!
東山を照らす陽光が、清水の三重塔をくっきり浮かび上がらせています。

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下の写真
東山の右端に清水寺、左端に知恩院御影堂の屋根が見えます。

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京都はやっぱり5月と10月だと思います。
4月は桜で、11月はもみじ。観光客さんで溢れかえります。

気温が30℃を下回り、湿度も低いこの頃が、
比較的観光客も少なく一番過ごしやすい時期なのです。

と言っていたのもほんの数年前。
今は関係なくインバウンドさんが来られています。

うちの会社の周りも随分”キャリーバッグ”族が増えました。
伏見稲荷大社へ行きますと、ここどこの神社??という感じさえします。

京都が潤いますよう願うばかりです。
台風を気にしつつも、京都の秋晴れを楽しんだ二日間でした。

国立京都国際会館の再発見!
私と同い年の「国立京都国際会館」。

宝ヶ池のほとり、当時“超ド田舎”に建てられたこの国際的な建物は、
当時からモダンすぎる建築物として有名でした。
テレビの「ウルトラセブン」にも出てきた記憶があります。

私の実家は南へひと山越えたところ、そして高校がこの近くだったため、
日々当たり前のように存在していました。

本日、ここでのイベントの打ち合わせがあり、久々に入館して参りました。
JCの現役時代は1月の“京都会議”で大変お世話になった場所でもあります。


国立京都国際会館は1966年5月、
日本における最初の本格的な国際会議場として創設されました。
設計については、わが国では初めてとなる公開設計競技方式(コンペ方式)が採用され、
195の応募作品の中から、大谷幸夫氏の作品が最優秀作品に選定されました。

その後、プレスセンター及びイベントホールの新設、アネックス、ニューホールの
建設等、施設の一層の拡充が図られました。

恵まれた自然環境の中にあって、国際会館は日本の伝統様式をモチーフとした
近代建築美を誇り、同時に先端の技術と機能を具備し、
今日なお、世界に冠たる国際会議場として高い評価を得ています。

約68度に傾斜した鉄筋コンクリートの壁や柱と水平の梁が幾重にも重なり合い、
台形と逆台形の空間の組み合わせで構成された力強い建物。
そして宝ヶ池を借景にした美しい日本庭園。
比叡山を背にし、穏やかな山間いに佇む国立京都国際会館は
「古都京都と周辺の自然環境への照応」、「人は自然の中に集い話し合う」という
コンセプトのもと、建築家大谷幸夫によって設計されました。
また、家具や室内装飾の多くは、インテリアデザイナー剣持勇の作品です。
(サイトより抜粋)


本日は人が少なかったので、あちこち写真を撮らせていただきました。
(メインホールは真っ暗だったので、撮っていません)

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あらためて意識して見てみると、
とても素晴らしいモダン建築であることがよくわかります。



「京都・くらしの文化×知恵産業展」開催中!
「魅せます。京都の千年力」

ICOM(国際博物館会議)京都大会の関連事業として、、
「京都・くらしの文化×知恵産業展」が“みやこめっせ”にて開催されています。
京都の伝統産業40品目が実演中!弊社関連の職人さんも多数実演しています。

金箔押し、蒔絵、仏像彫刻、木工芸、漆塗…

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そのICOMは現在、京都国立国際会館にて行われています。
概要は下記の通り。



第25回 ICOM(国際博物館会議)京都大会 2019

文化をつなぐミュージアム ―伝統を未来へ―
Museums as Cultural Hubs: The Future of Tradition

ICOM(国際博物館会議)の大会が2019年に日本で初めて開催されます。
世界141の国と地域から、3000人を超える博物館の専門家が京都に集まります。

どこかの国の学芸員が、あなたの博物館と同じ課題に取り組んでいるかもしれません。
自分たちの活動を紹介し合い海外の研究者と交流することで、
これまでには気づかなかった新しい見かたや、発見があるかもしれません。

博物館をつなぐ、地域や社会をつなぐ、世界をつなぐ、世代をつなぐ、
過去と未来をつなぐ…
さまざまな文化の繋ぎ役としての「博物館」の可能性を、世界各国の博物館関係者と
一緒に考えてみませんか?



通常お目にかかれない技術が盛りだくさんです。
5日まで開催中、ぜひ”みやこめっせ”へ!


ずれて造られた二条城!?
「ズレて造られた二条城」という記事がありました。
二条城は「大政奉還150年」、現在は京都市の重要な観光スポットであり、
ソフト面でも観光モデルケースとなっているため、大変力が入っています。

弊社(若林工芸舎)が重要文化財の「唐門」修理に関わった二条城。
その後、見学入口でもある「東大手門」修理も関わらせていただきました。
話題性があって有り難いことです。

二条城map

(以下抜粋)

二条城は京都の街の中心にあり、
世界文化遺産として見るべきものが沢山あります。
いつも多くの観光客が拝観に訪れる市内屈指の観光スポットです。

狩野探幽が24歳という若さで狩野派の棟梁として手掛けた
二の丸御殿の豪華絢爛な襖絵はとても迫力があります。

江戸時代初期の茶人で作庭家の小堀遠州作の庭園は見るものを圧倒し、
徳川将軍家の強大な権力が伝わってきます。

二条城は、徳川家康が権力にものを言わせ、
1602年に各地の諸大名を総動員して築城されました。
幕府の御用絵師集団の狩野派が絵を描き、
当時を代表する作庭家小堀遠州が庭を造り、
諸大名に各地の名石を献上させた完璧な城です。

しかし二条城はなぜか南北に走る路に対して軸が約3度東に傾いています。
その様子は、地図を見るとハッキリと分かります。

二条城が建てられる700年以上前に桓武天皇によって平安京が造営されました。
この時、北極星を目印に方位を決めて碁盤の目の路を造営しました。
縦に走る路は、南北の軸に対して平行に造られています。

家康が二条城を造営した時は、キリスト教が日本に伝来し、
宣教師が来てルネサンス期の最新の技術が入ってきた時代です。
これがズレの原因になってしまったのです。

二条城は、お堀の東側を南北に走る堀川通りに対して東に約3度傾いています。

北極星がある方向が真北(しんぽく)であるのに対して、
方位磁石が指す北を磁北(じほく)といいます。
磁北は時代と共に変化し、1600年頃は真北から東に3度ズレていたそうです。
現在は、真北から西に7度傾いているようです。

北極星の方向である真北と、
コンパスが指し示す磁北の差を偏角(へんかく)といいます。

江戸時代には、2種類の北がある事にまだ気付かなかったようです。

家康は、最新技術(当時の)を使って測定しているのだから、
平安初期に造営された南北に走る路の方がズレていると思ったことでしょう。



私も、以前からなぜ二条城の敷地が傾いているのか不思議でした。
なるほどその時代によって「北」の概念が違っていたのですね。
しかも刻々と「磁北」は動いている

大変興味深いお話だと思います。


令和元年の大文字送り火
今年は、ちょっと違った鑑賞でした。
本当は鑑賞するではなく、手を合わせるだと思いますが…
もちろん大文字焼きではなく、大文字送り火です。

うちの裏山は「法」の字で、毎年うちの隣の実家から“山火事”を眺めています。
人が動いてるのまでよく見えます。

8時5分になると、「ハイ!点火〜」の掛け声が松ヶ崎山に響きます。


で、
今年はちょっと実家を離れて「妙」の字を見に行ってみました。
正面に位置する宝池自動車教習所さんの教習コースには、
たくさんの人が座っていて外にも溢れていました。
毎年このように一般解放されているようです。
太田くんお世話になりました!

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(日中の写真です)

「妙・法」の点火は同じ時刻なので、急いで「法」まで戻りました。

チャリでもかなりの距離があります。
9時まで通行止している松ヶ崎旧街道は人がいっぱいなので
北山通りをひたすらに!


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今年は「妙・法」両方を見ることができて満足でした。
「南無 妙法 蓮華経」二つで一つのお山ですから。

そう、もともと松ヶ崎は日蓮宗の村だったのです。
無形文化財に指定されている「松ヶ崎題目踊り」も有名です。

京都は本当に奥が深い。
この地域だけでも相当ストーリーが語れます。

大文字五山送り火… 今年は台風一過のもと、無事にお帰りいただいたでしょうか。



大文字「六山」送り火!?
毎年8月16日、20時より順次点火される「大文字五山送り火」。

お盆に帰って来られた魂(御霊)を再びあの世へと送り出すための「送り火」
ということで、”大文字送り火”と呼ばれています。

「大文字焼き」とおっしゃる方もいますが、
山焼きやお好み焼きのように聞こえますので((笑))「送り火」と言うようにしたいものです。
京都の人からは特に言われますよ!

さて、文献によると、
明治時代までは「い」「蛇」「長刀」などといった文字も存在したようです。
昔は13もの山で送り火が行われていたとも伝えられています。
明治時代に明治政府の近代化政策によって祇園祭と送り火の禁止令が出されています。
その10年後に祇園祭と送り火は復活されました。
とあります。

そして、その「い」の記事が12日の京都新聞に掲載されていました。

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明治時代に途絶えている「い」について、
京都市左京区静市市原町の向山にて火床が確認されているとあります。
市原は、京都市内から鞍馬山へ行く途中ですね。

記事によると、市原の山腹で明治30年代頃までは「い」の字が点火されていたようです。
古い時代は山裾の近いところで点火されていて、その後、市内からよく見えるように
山腹へ移動したのでは?と想定されています。

京都は昔から行われていることについて、不思議なことがたくさんあります。
もちろんそれぞれに意味がありますから、「京都は奥が深い!」ということになります。

京都人ですら理解できないその奥ゆかしさを知れば知るほど、
京都はまだまだ観光客のターゲットであり続けるのだと思います。


さて、16日夜、台風一過の送り火となりますでしょうか?


南座「聲明」公演!
京都「南座」新開場記念の「聲明(しょうみょう)」公演に行ってきました。

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第一部は
西本願寺式務部の皆様が中心となって出勤されていました。
中央には阿弥陀如来の御絵像と九字十字名号が掛かっています。
聴き慣れた内容で、雅楽は大変美しい音色を奏でていてレベルの高い皆様、
導師はいつもお世話になっている今小路覚真先生です。
客席を向いての礼盤作法は、とてもやりにくかったのではないでしょうか。
皆さんお揃いの七条袈裟を纏い、円になっての行堂、散華も行われていました。

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第二部は
天台宗の京都魚山聲明研究会さんで、曼荼羅を本尊に密教系の内容となっています。
中央には胎蔵界、金剛界の曼荼羅が掛かっています。
それぞれ皆さん違った五条袈裟で、舞台に座られていました。
鐃(にょう)はちと銅鑼を鳴らしながら厳かな雰囲気を感じるものでした。


仏教とともにインドから中国を渡って日本に伝わった「聲明(しょうみょう)」は、
寺院での儀式や法要など、特別な行事の際に行われるものでありますが、
日本音楽の源流とも言われ、仏教儀式の一環でありながら、豊かな旋律を持ち、
芸術的価値をも併せ持つ音楽です。
また南座という劇場空間での上演にあたり、特別の演出、趣向により、
仏教音楽「聲明」の素晴らしさ、奥深さを堪能いただけます。

との挨拶文がありました。

プログラムは下記の通り。

【演目】
西本願寺(本山本願寺の聲明)
親鸞聖人御誕生八百五十年 慶讃
立教開宗八百年 慶讃
一、浄土法事讃作法(じょうどほうじさんさほう)

天台宗(大原魚山流聲明)
伝教大師千二百年大遠忌 報恩
二、合行曼荼羅供畧音用(胎蔵界・金剛界)
(ごうぎょうまんだらくりゃくおんよう)


キャスト
【出演】西本願寺式務部  京都魚山聲明研究会


内容に合わせた“映像”を期待していましたが、
さすがにそれは違ったようです。失礼いたしました。


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