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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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全ては決意から始まる。
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人生は勝つようにできている!
京都は朝晩が寒くなってきました。
暖房がないと足もとから冷えてくる季節です。

昨日は業界誌の取材を受けました。

他の方からも言われたことなのですが、
今回の6名のクリエーターとの「レゾンデートル」事業について
若林佛具さんは業界で一番このような取り組みをしなさそうと言われます。

老舗で悠々とやっているように見られるみたいです。
先人のイメージなのか長期ブランディングの賜物なのか(笑)

若林の190年歴史の中では、常にチャレンジの連続だったと思うのです。
会社を確実に運営していくためには、その時代に応じた変化が必要です。
すべての時代において、大小関わらずチャレンジをしてきたはずです。
なので、伝統は革新の連続などと言われるのです。

高度成長&人口増加時代の経営と、現在では違うのは当たり前です。

これからも
目的を持って、目標を持って、ビジョンを描きながら邁進して行きます。


斎藤一人さんのメッセージです。

「世の中甘くない」って言う人もいるけど、それは思い込んでいるだけ。
その甘くないという出来事は、あなたが引き寄せているんです。
目的を持ったら、目的に向かっていけばいいだけなの。
社会って、何回失敗しても、やり直しは利くんです。
失敗したら、改善する。失敗したら、改良する。
いずれ、目標に行きつくようになっているんだよ。

あなたは、あなたの人生という名の主人公なの。人それぞれドラマがあり、
波乱万丈だったり、つらい思いばかりだったり、いろいろあります。
でも、ここが肝心だよ。人生は「最後は自分が勝てる」ようにできてるんです。
重要なことは、その勝ちに気づける人と気づけない人がいるのです。
つらいことに立ち向かって、やさしさを身につけた人―
そういう人こそ、真の勝者なんです。


顔晴って、頑張って参りましょう!!


即行動!
行動することの大切さはこのブログの中でも何度も申し上げていることです。
またそれは、自分自身に言い聞かせていることでもあり
周りの方々に言いまくることによって自分を奮い立たせているのです。

「有言実行」とはよく言ったもので、
やらざるをえない状況を作り出すこともまた大切なことです。

先日、全宗協さんの研修会で偉そうにもお話ししてきたと申しましたが、
その研修の場でも行動の大切さが言われていました。

全国からわざわざ京都の研修会に来られている皆様はかなり勉強熱心という
ことになりますが、その場ではアドレナリンが出て意識が一時的に高くなります。

しかし悲しいかな3日ほど経つと忘れてしまうのもまた人間なのです。
行動に移して始めて意味があるということも、講師がおっしゃっていました。


さて、そこで斎藤一人さんの言葉です。

上に上がるときは、大きな目標を持つことだよ。
そして、目標に近づく道標をいくつも持つことです。
道標に着いたら、すぐに次の地点を目指すんだよ。
間髪入れずにね。
これが「加速の法則」。
ひと休みをしないこと。即行動です。
大きな目標まで最速で行ける方法だよ。


一つのことが終わると、
ホッと腰を下ろして次の行動までに時間がかかる人は多いと思います。

即行動!

これが大きなところへ行く方法なのです。

最後にイチローさんの言葉
「いま、小さなことを多く積み重ねることが、
とんでもないところへ行くただひとつの道なんだなというふうに感じています」

即行動、続けてまた行動、終わったらまた行動

「継続は力なり!」

がんばって参りましょう。


悪口の因果関係
日々送られてくるメッセージの中に、
心に留まるものがありました。
斎藤一人さんの文章なのですが、知らず知らずのうちにこんなことに
なってはしないかと自問しています。
以下、二つの文章です。


いくらうれしいことがあったとしても、葬式でばか笑いはしちゃいけない。
「当たり前」って思うかもしれない。
でも、「葬式で笑う」のと同じようなことを、みんなけっこうしているんです。
会社で同僚の悪口を言ったり、部下の欠点を大勢の前で指摘したり、
相手の会社の悪い噂を流したり。
自分のことばかり主張して、まわりの人の気持ちに気が回らない。
こういう人は「礼儀違反」です。
礼儀を違反すれば、信用される人にはなれないよ。


相手がいくら悪口を言っても、自分は言わない。
嫌なことが起きるということは、ちょっと嫌なことがあると
人の悪口を言ったりするからなの。
自分がそういう性格だから、嫌なことを引き寄せてくるんです。
人の悪口とか、愚痴やなんかを言わなくなると、人生は必ず変わるよ。
自分が変われば、すべて変わるようになってるんです。


人やモノ、起こる出来事に対して、悪く言ったり、文句を言う人は
たくさんいらっしゃいます。
それが常に言っている人なのか、時々言っている人なのかは関係なく。

自分はいいと思っていることを悪く言われたりすることもあります。

結局のところ、マイナス言葉の発信をしていると、マイナスと思えることが
その言っている人に起こってしまうということなのです。

それはもしかしたら、人によって捉え方が違うからなのかも知れません。
同じ出来事があっても、常にマイナス発信をしている人と、
プラスの考え方をしている人とでは、それがついてる出来事だと思うか、
また悪いことが起こったと考えるのかで、全く発言も違ってくるでしょう。

やっぱり考え方に行き着くのです。

日々嫌なこともたくさん起こります。
しかしそれは自分が成長するための素敵な出来事だと捉えれば、
発言も変わってくるのではないでしょうか。



長たるもの
”長”とはなんでしょう。

月末には会長、社長、部長、課長が集まっての「スタッフ会議」が行われます。
それぞれに“長”ですから、それぞれに責任が発生しているわけですね。

皆さんはその責任を本当に全うしているでしょうか。
給料をもらっている以上、自分の責任の範疇の仕事はしっかりするのが当たり前。
ただ役職が付いているだけではないことを認識するべきです。

今、部や課で取り組んでいることは達成するためにやっているのです。

で、久しぶりの松下幸之助さん


長たるもの

「長たるものは、すべての責任を自ら負うのが当然、
それは私の責任です、と言いきれているかどうか」

責任の転嫁は人の道に外れます。また、責任の取り方は非常に難しいものです。

松下幸之助は、責任を果たすとは、事業計画を100パーセント
達成することと言っています。
この他に、責任の取りようはありません。
そのために長たる者は自分を磨き、部下の尊敬の対象となるべきです。



皆さんは常に自分を磨いているでしょうか。
尊敬される対象となっているでしょうか。

時代は変わっています。
今までと同じ気持ちのあり方で乗り越えられるような事業はありません。

もう一度自分自身に問いかけてみましょう。
“長”として自分はどうあるべきかと。


言葉は生きている
最近気にとまった文章です。
若林の朝礼で毎日唱和している「職場の教養」の発行元、
倫理研究所の元理事長、丸山竹秋氏のことばです。


言葉は、生きている。
ただ口から吐き出されて、そのままじっとしているのではない。
やさしい言葉をかけてやると、なごむ。
また暗い、ゆううつなことを言い続けると、暗く、ゆううつな事態が起こり、
明るく、朗らかなことを言い続けると、明るく朗らかな事態が起こる。

ある人は、田畑の作物をほめる。「よく稔ったなぁ、すばらしいぞ」と言葉をかけ、
その葉や枝や実を撫でるようにして可愛がっている。
彼の作物は、大変稔りがよい。
「もっと、よくなれよ」彼は、生きた人間に言いかけるように、期待をかけているが、
作物はそのようにすくすくと育つ。

またある人は、自分の使う機械類、道具類をいつもほめて、感謝する。
「よく働いてくれるなぁ。お前のおかげでこんなに仕事ができた。明日もまた頼むよ」
といった具合である。
この人の使うものは、なかなか故障しない。そして能率も良い。

美しいとほめる心が、その通りの言葉となって、その言葉が閉ざされている人の
心を開き、美を伝える。
美しいと言えば美しくなり、きたないと言えばきたなくなる。
物そのものに善悪美醜があるのではなく、人間の心によってそれぞれに評価され、
意味をもってくる。

一度言葉に発せられたことは、必ずこの世に実現し、実際に現れるものとの考え方が、
祝福すれば、その内容の通りに将来実現するという信念となる。
成績の悪い子でも、よい子だとほめ、しつけをし、可愛がっていると、よい子になる。
バカな子だと、くさってばかりいたのでは、どうしてよくなることがあろうか。

自分の仕事はだめだだめだと言っていると、その言葉は、自分の心をも暗くさせ、
周囲の人にも響いて、その言葉通りに仕事はダメになってしまう。
今はダメでも将来必ずよくなるぞと、言葉をかけてやっていると必ずよくなってくる。
言葉の中にある信念が、事情を変えさせるように働きだすからである。
しかし信念といっても、言葉と別物ではない。
言葉そのものになって表れているのである。詫びの言葉は詫びの働きをし、
いたわりの言葉は愛の発露となって、動植物までも及ぶ。

ある百姓は、田に水が涸れていると「さぞ喉がかわいたろうなあ」と言いつつ水をやり、
草をとる時は「せっかくの肥料を草にくわれてしまって、ひもじかろうなあ」と
稲を可愛がっていたところ、一反あたり一俵半も多くの収穫をあげたのであった。
こうした実例は、まだまだ枚挙にいとまがない。

まさに言葉は生きている。
言葉の通りに、自分の周囲が変わり、言葉によって自分も変わっていくのである。
さっそくその効果を、わが身に試してゆこうではないか。


前向きな言葉を発することの大切さがここにも記されています。

一寸先は光!
よく会社でも、“前向きな言葉”を話しましょう!と言うのですが、
なかなか出来ないな… という人含めて否定的な方もいるように思います。

人間は育ってきた環境や、人生におけるそれぞれの修行がありますから
前向きな言葉が言えないこともこれまた修行の一環なのですね。
いつか何かを感じる時が来る。

ということで、本日も有り難い言葉がありましたので紹介します。


「一寸先は闇だ」と言う人がいます。
そういう人の明日には、必ず「イヤなこと」が 起こります。
「一寸先は光だ」と言う人には、次から次へと 良いことが起こります。
自分の人生で「不利になること」や
「自分を暗くするようなこと」は、絶対言わないほうがい いですよ。
聞いている周りの人も、知らないうちに暗くなってしまいます。
どうせ言うなら、やっぱり「一寸先は光」で しょう!!

不満な顔で仕事をしていると、何も得られません。
それどころか、「イヤなこと」ばかり次々と起こるものです。
笑顔で仕事をしていると、「自分のためになること」が次から次へとやってきます。
そのうえ、仕事以外のことでも、良いことが次 から次へと起きるんです。
笑顔というのは、幸せの国に行くためのパスポートなんです!


…ということは、
自分を暗くするようなことを言いながら、不満な顔をしていると
とてつもなくイヤなことが襲ってくるのでしょうね。
全力で不幸へ向かっているという(笑)


笑顔はタダですから、幸せになるパスポートをみんなで取得しにいきましょう。
みんなが笑顔になれば、仕事も楽しくなります!


秀吉と光秀
ある雑誌に豊臣秀吉と明智光秀の記述がありました。

「長所」と「短所」のお話です。


信長は勇猛果敢な人です。
その下に秀吉と光秀という優秀な家来がいました。
この二人の信長を見る目が違うのです。

秀吉は信長に非常に共鳴した。
「あなたが勇猛活発だから、とうとう天下が取れるようになりました。
心からあなたを尊敬します」と。真に秀吉はそう思っていたでしょう。
しかし光秀は、信長は非常にえらい人だけれど欠点がある。
それは粗暴で、非常に気ままなことだ、と考えていました。
そこで光秀は、「あなたは確かに勇猛なるが故に成功したが、徳を持てば
さらに立派になるでしょう」と信長に説きます。
そうすると信長はシャクにさわる。
「やかましく言うな。おまえが出世したのは、おれのお蔭やないか」
というようになる。

勇猛な性格を秀吉は長所と見、光秀は短所と見た。
ただそれだけの違いですが、人間関係に大きな違いを生む。
やはり人間と人間の付き合いには長所を見るということが必要でしょう。
もちろん、この点を直して立派にしてあげようという誠意も一面には必要ですが、
そればかりに終始すると、人間関係は失敗します。

長所だ、短所だといっても、それは大きな目で見れば、その人の持ち味、
あるいは運命ともいえるもので絶対的なものではない。
それをどう見るかが大切なところなのでしょう。


長所をほめてもらうのは、上司でも部下でもうれしいものです。
短所を指摘するというよりも、こうした方がいいよという言い方ですね。

上司が部下の短所ばかりを指摘していると、やる気をなくすでしょう。
部下が上司のマイナス面を直接指摘することは、よほどの関係だと思います。

指導、教育、注意と、短所の指摘とはまた違いますね。
また人によっても感じ方が違うものです。
指導がなかったら成長もありません。

若林の行動基準にもあるのですが、従業員それぞれが人の和に心を配りながら、
毎日の仕事をしていきたいものです。


熱意を持って
松下幸之助さんの著書「道をひらく」。
500万部突破の大ベストセラーとなっています。

先日、病気で倒れて入院しているうちの職人さんにお渡ししたのですが、
「心に響きます」と言っていただいた病室の机の上に読みさしが置いてあったので
ちゃんと読んでくれているのだと…

本日は熱意の話です。
毎日さまざまなことを真剣に考えていると、ふとした時に閃くことがあります。
結局、やろうとする熱意と覚悟、そして行動がすべてを変えていくのです。


熱意を持って

経営というものは不思議なものである。
仕事というものは不思議なものである。
何十年やっても不思議なものである。
それは底なしほどに深く、限りがないほどに広い。
いくらでも考え方があり、いくらでもやり方がある。

もう考えつくされたかと思われる服飾のデザインが、今日もなおゆきづまっていない。
次々と新しくなり、次々と変わっていく。そして進歩していく。
ちょっと考え方が変われば、たちまち新しいデザインが生まれてくる。
経営とは、仕事とは、たとえばこんなものである。

しかし、人に熱意がなかったら、経営の、そして仕事の神秘さは消えうせる。

何としても二階に上がりたい。どうしても二階に上がろう。
この熱意がハシゴを思いつかす。階段をつくりあげる。
上がっても上がらなくても……そう考えている人の頭からは、ハシゴは出てこない。
才能がハシゴをつくるのではない。やはり熱意である。
経営とは、仕事とは、たとえばこんなものである。

不思議なこの経営を、この仕事を、おたがいに熱意をもって、
懸命に考えぬきたい。やりぬきたい。


この二階へ上がりたいと切望し、この熱意を行動に変えると、
なぜか実際に奇跡的に出会ったり、やってきたりするものもあります。

やってくるという感覚は、実際に動いた人しか経験できません。
引き続き熱意を持って、チャレンジしていきたいと思います。


道をひらく
「道」

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
 
広いときもある。狭いときもある。のぼりもあればくだりもある。
坦々としたときもあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。
 
この道がはたしてよいのか悪いのか、思案にあまるときもあろう。
なぐさめを求めたくなるときもあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。
 
あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、
ともかくもこの道を休まず歩むことである。

自分だけしか歩めない大事な道ではないか。
自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。
 
他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道は少しもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ。
 
それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。



松下幸之助さんの有名な「道」という短文です。
「道をひらく」… 私が行き詰まったときによく読み返してみる本です。

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昭和43年発刊、当時PHPの裏表紙に連載されたものから選んだということ。
121篇の選ばれた短文は、とても深い文章だと思います。

先日、同い年の職人さんが倒れ、闘病しておられます。
すぐに響くことはないでしょうが、何かを感じていただければと。

今、遠方にいる娘にも就職時に渡した覚えがあります。

オススメです!


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