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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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早朝の暁天講座!
この季節、京都の各本山、各寺院では「暁天講座」といって
早朝に法話やテーマのある講演が行われます。


6時や6時半という早朝からですから、
行くぞ!という意識がないとなかなか参加できません。

今年は昨日と本日の2日間、浄土宗総本山 知恩院さんへ出かけてきました。

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昨日は、元冬期オリンピック、スキーモーグル選手の畑中みゆきさん。
塩釜市のご出身で、しおがま文化大使をされている方です。

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お題は「支援と継続」

先の震災でご自身も親族を亡くされ、その後積極的に支援活動を展開、
最近では「菜の花プロジェクト」で、地元地域の島に菜の花畑を
復活させようと各方面に働きかけて頑張っていらっしゃいます。



そして本日は、伊藤唯信ご門主のお話でした。

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お題は「共命の鳥(ぐみょうのとり)」

「浄土三部経」のなかの「仏説阿弥陀経」に出てくる六つの鳥
白鵠、孔雀、鸚鵡、舎利、迦陵頻伽、共命之鳥
(びゃっこう、くじゃく、おうむ、しゃり、かりょうびんが、ぐみょうちょう)

その中の共命之鳥(ぐみょう(し)ちょう)のついてのお話でした。

双頭の鳥で身体は一つ。
この6種の中では、迦陵頻伽とともに実在しない鳥です。

あたまの片方が起きているときは、片方は寝ていて、
もう片方が起きているときは片方が寝ているのだそうです。

ある日、片方の起きている方が、身体にいいとされる美味しい果実を食べた。
しかしもう片方は、自分が寝ている間になぜ自分だけが食べたのかと怒る。

そして、その片方が寝ている間に自分もと美しい果実を口にしたが
それが毒のあるものであったため、結局その双頭の鳥は死んでしまったと。

片方は、よかれと思ってしたことが、相手の反発を買ってしまい、
もう片方は、身勝手な考え方によって共有の身を滅ぼしてしまったのです。

この共命鳥こそ、まさしく我々の姿を象徴的に表しているといえます。

親子や夫婦、上司と部下、友人同士、売り手側と買い手側、
もっと広く言えば、国と国民、地球と人間の関係のように
この世の中のものは、すべて二つで一つになっています。
まさにこの世は共命烏と言えるのではないかとのことでした。

私たちは日常、必ずどちらかの立場に立ちますが、
実はもう一方の立場のものがあって生かされているということです。


このように、共命鳥を単なる「お浄土に生きる空想の生きもの」だと
思っていたことに、深い意味があることを教えられました。

南無阿弥陀佛


万人幸福の栞(その5)
ひさびさ5つ目の項目です。


「夫婦は一対の反射鏡」

かなり深い内容ですので、何度か読み返された方がいいと思います。
結婚されている方はもちろん、独身の方でも、考えさせられます。


人は男性と女性と、なぜ二様になっているのであろうか。
これは、人に限らず、陰と陽と、+(プラス)-(マイナス)と二通りの対立と、
その合一によって、万象(すべてのもの)を、生命を、幸福を生み出すように出来ている。
生成発展(うみいだし)は、相反する二つの力がとけあって一つになったとき生れる。

夫婦は合一によって、無上の歓喜の中に、一家の健康と、発展と、
もろもろの幸福を産み出す。ただに子女を設けて、子孫繁栄のもとを成すばかりではない。  

こう見てくると、男女は、その肉体は相反し、相補うように出来ていて、
ピタリと合一するようになっているが、その心はどうであろう。

結婚の当時はうまくいくが、次第に離れて、全く反対の方向にさえ行ってしまう事がある。
そうなると、家のことは、ちぐはぐになって、仕事も商売もうまくいかなくなる。

それがこれまでは、仕事の方ならば夫のせいにし、又子供のことなどは妻の責任にした。
これが実は大まちがいである。
“すべてが、夫婦の心の一致しているかいないか、にかかっている”のである。

これが新しい倫理の一つの大きい特色(ちがい)である。夫婦の一致和合こそは、
幸福のもとである。どうしたら完全な一致が出来るであろうか。

これまでは、妻は夫を改めさせようとし、夫は妻をやかましく言った。
それが大まちがいであった。夫婦は互いに向いあった反射鏡である。

夫が親愛の情にもえてやさしくすれば、妻は尊敬信頼して、
世の中に夫より外に男性はないと、ただ一途に夫にたよる。
この時夫は又、世に妻より外によき女性はないと、愛情をかたむける。
そして明朗愛和、常に春のような、なごやかな家庭がつくられる。

反対に夫がいばりすぎ、封建思想をふりかざすと、妻は小さくなって、
内にこもって亀のように強情になる。妻が出しゃばり高ぶってやってのけると、
夫は猫のようによわよわしく、ゆうじゅうふだんになり、どこに行っても馬鹿にされる。  

互いに照らす一対(いっつい)の反射鏡、見事によくそろった夫婦が、
どこにもここにも百面相を展開している。

夫婦が互いに相手を直したいと思うのは逆である。ただ自分をみがけばよい。
己を正せばよい。その時、相手は必ず自然に改まる。
夫婦は、いつも向いあった一組の鏡である。


「夫婦は一対の反射鏡」

私はこれを読んだとき、かなり心に響きました。
わかっていてもできないものですよね。

仕事も同じことかも知れませんね。


互いに相手を直したいと思うのは逆である。
ただ自分をみがけばよい。己を正せばよい。
その時、相手は必ず自然に改まる…


雨のお墓参り
本日、ちょっと早いお盆の「お墓参り」に行ってきました。

お盆に近い日曜日とあって、駐車場は入庫待ちの列ができています。


いつも手前の花屋さんでお供えのお花を買い
そこに預けてあるお香箱(墓前で焼香する小さな木箱)に
香炭を入れてもらって
バケツ片手にお墓へ向かいます。

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ちっちゃい頃から通いなれたこの道には、たくさんの思い出があります。

曾祖母と一緒に来たのが一番最初ですが、
もう40年以上同じ風景を見ていることになります。

ちょっとしたタイムスリップですね。


家族で行くと、必ず2家お参りします。
うちの奥さんの実家のお墓が通路隔ててすぐ近くに見えています。
最初にわかったときは、「えっ!?」とちょっとビックリでしたが。


お墓参りの意味(教え)は、宗派によっても少しずつ違います。

しかし、大事なのはお参りする方の気持ちであり、
気持ちの中身がどうであれ、
何らかの思いを持って先祖に報告、感謝、相談に行くというのは
人間には必要なことなのかなと思います。


お墓参り雑感でした

江副 浩正氏の20章
江副浩正(えぞえ ひろまさ)氏、株式会社リクルートの創業者ですね。
昨年、お亡くなりになりました。
晩年まで、リクルート出身者などの起業への援助もしていらっしゃったと聞きます。

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」

という言葉がありますが、今もリクルートの社風に繋がっていると感じます。
江副氏が晩年に遺した「マネージャーに贈る言葉20章」が話題となっているそうです。
もちろんマネージャー(経営者・管理職)以外の方にも当てはまりますので
ここに掲載しておこうと思います。


<第1章>
マネジメントの才能は、幸いにも音楽や絵画とは違って、生まれながらのものではない。
経営の才は、後天的に習得するものである。それも99%意欲と努力の産物である。
その証拠に、10代の優れた音楽家はいても、20代の優れた経営者はいない。

<第2章>
マネージャーに要求される仕事には、際限がない。
より高い効果を上げるマネージャーは、要求されている様々な仕事のうち、一番大事なこと
から手がける。仕事を受付順に勧めるような人は、優れたマネージャーとは言えない。
目の前にある仕事の中で、一番大切なものは何かをいつも考えていなければならない。

<第3章>
社内にしか人間関係を持たないマネージャーがいる。
こういう人が会社を動かそうとするようでは、会社はいずれ滅んでゆく。
会社もまた、社会の一組織体であるから、社外の人々と良い関係を保つことが不可欠である。

<第4章>
"上の方で決まったこと"をそのままメンバーに事務的に伝えるマネージャーは、
メンバーからの信頼と支持は得られない。
経営の方針や義務のルールは、マネージャー自身がまず自らのものとしなければならない。
そのためには、疑問などがあれば十分解決しておくこと。
その上で、自らの方針、考え方を交えて、メンバーに向かうことが大切である。

<第5章>
メンバーをよく理解しようとすることもマネージャーにとって大切なことである。
それよりもっと大切なことは、マネージャー自身の方針、考え方、人格までもメンバーに
理解させることである。マネージャーとメンバーとのよい人間関係は、深い相互理解から生まれる。

<第6章>
優れたマネージャーは、人に協力を求める時、"彼との個人的な親しさ"によってではなく、
"仕事を良いものにするためには誰に頼むのがベストであるか"という観点からこれを行う。
誰とでも一緒に仕事ができるようにならなければならない。

<第7章>
マネジメントに携わる人は、2つ以上のことを同時に進められる人でなければならない。
ひとつの仕事に熱中している時は、他の仕事に手がつかない、といったタイプの人は
スペシャリスト向きで、マネージャーには向かない。

<第8章>
「1,000人分のパーティの招待者宛名を書き上げ、発送するのに、ひとりでやれば10日は必要。
10人でやれば何日かかるか?」算数では答えは1日だが、経営の現場では10人でやっても
10日かかることもある。人が増える時には、手順を変えるなり、仕事のしくみを変えてゆく必要がある。

<第9章>
会議の目的がわからなくて、会議の能率を下げる人がいる。この会議を何のために開いているのか、
自分の役割は何か、どのように勧めれば会議が効率的になるか、
マネージャーはこれらのことをよく把握する必要がある。
会議の効率を上げる人と、下げる人では、マネジメントにおいて大きな開きがある。

<第10章>
マネージャーの任務は高い業績を上げることにある。
そのために、メンバーを動かす権限が与えられている。
仕事を離れたところでマネージャーが権限を行使することは許されない。

<第11章>
経営者が数字に弱ければ、会社は潰れる。
仕事への熱意は十分あっても、数字に弱い人は優れたマネージャーとは言えない。

<第12章>
マネージャーには、コンピュータという有能な部下を使いこなす能力が必要である。
コンピュータを駆使して仕事を効率的にすすめるためには、コンピュータに関する
知識・技能を自らのものとし、同時に日常的に自分自身の手で動かしていなければならない。
コンピュータを使えない人は、いずれマネジメントの一員にとどまれなくなる。

<第13章>
与えられた時間は、誰にとっても同じだ。人が大きな成果をあげるか否かは、
その人がいかに時間を有効に使うかにかかっている。
経営者は、効果的な時間の遣い方を知っていなければならない。

<第14章>
「政治家には嘘が許されるが、経営者には嘘は許されない」とは水野重雄氏の言葉である。
経済活動はお互いの信頼関係が基盤となっている。1度不渡りを出した経営者が再起することはまれである。
言葉や数字に真実味が感じられないマネージャーは、周囲から信頼を得られない。

<第15章>
自分のメンバーを管理するにはさして苦労はしないが、上長にはどのように対処すればよいのか、
と苦労する管理者が多い。しかし、この問題は自ら積極的に働きかけることで解決して欲しい。
相互理解を深めること。
そして上長の強みはそれを活かし、弱みはカバーしてゆくことによって仕事はなめらかにすすんでゆく。

<第16章>
"忙しすぎて考えるための時間がない"、"マネージャーはもっと思索に時間を割くべきである"
と主張する人がいる。しかし、仕事と思索を分けて考えることは、あまり意味がない。
なぜなら、仕事を前に進めるアイディアや活力の源泉は仕事そのものの中にあるからである。

<第17章>
業績と成長は不可分であって、高い業績なくしてマネージャーの成長はありえない。
マネージャー自身の高いモチベーションが業績を生み、成長を実現するのである。

<第18章>
"もっと期限が先ならば"、"もっと人がいれば"、"もっと予算がおおければ・・・いい仕事ができるのに"
と嘆くマネージャーもいる。マネジメントとは、限られたヒト・モノ・カネ・そしてタイムをやりくりし、
それぞれの最大活用を図ることである。
経営の成果は常に、
それに投入された経営資源(ヒト・モノ・カネ・タイムなど)の量との関係で計らねばならない。

<第19章>
我社は永遠の発展を願っているが、それは後継者たちの力のいかんにかかっている。
後継者の育成も、マネージャーの大切な仕事である。
自分が脅威を感じるほどの部下を持つマネージャーは幸せである。

<第20章>
仕事の上では、"したいこと"、"できること"、"なすべきこと"の3つのうち、
どれを優先させて行動すべきであろうか。
"できること"から手をつけるのは堅実なやり方ではあるが、それのみでは大きな発展ははかれない。
"したいこと"ばかりでも問題だ。将来のため、メンバーに今何をすべきかを見出させ、
それが例え苦手なこと、難しいことであっても挑戦的に取り組んでゆく風土をつくることが
マネージャーには求められている。


松下幸之助さんも、稲盛和夫さんも、そしてこの江副さんも、
ご自身で動いて作ってこられた方々の言葉は自然と入ってきます。

いかがでしょうか。

「大船鉾」の観覧!
最近、祇園祭ネタが多いですが…

先ほど、思いがけず上らせていただきました。
152年ぶりに復活した「大船鉾」です。

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幕末の有名な「蛤御門の変(禁門の変)」により焼失してから
今日まで、姿を見せることのなかったこの「大船鉾」

京都青年会議所(当時、立木理事長の時から)も再興に関わって
ここまでやってこられました。

「大船鉾」ホームページ
http://www.ofunehoko.jp/


今夕、もともと「船鉾」の町内に住んでいたうちの奥さんと
観に行こう!ということで出かけて参りましたが
行くといきなりJCの後輩君に声を掛けられ、
「今なら鉾に上れますよ!」ということで言われるがままに
階段を登ってきました。


ツイてることに、ちょうどお囃子をやっていたので
ゆっくり見学という感じではなかったのですが、
お囃子の最中に鉾へ入るという貴重な体験をさせていただきました。

特にお囃子の最中には
「女人禁制」という鉾も多いそうです(船鉾もそうらしい)

感想としては…
囃子方が乗っていると狭いのに加えて、
間近の”コンチキチン”鐘の音が大きく、かなり耳にきました。

でも関わったJCの皆さんにお会いできて、
思いがけない経験をさせていただいて感謝しています。

もちろん「大船鉾」の友の会には入ってきました!

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24日、今年の「後祭」巡行の目玉、がんばってください!


「前祭」無事終了!
祇園祭「前祭(さきまつり)」の山鉾巡行が終了しました。


とても暑い中、関係の皆様は大変だったこととお察しいたします。
今年はSNSのおかげで、
いかに多くの友人・知人が祇園祭に関わっているかがよくわかりました。

私もJC現役時代に何度か「鉾」を曳かせていただきましたが、
天気が良すぎると汗でトイレへ行かない代わりに熱中症になりますし、
(実際、巡行中に長刀鉾の囃子方が運ばれていた)
雨だと冷えてトイレが近くなり、沿道の飲み物が飲めません。
(実際、巡行中に何名も抜けてトイレに行っていた)

いずれにしても、沿道にたくさんの見物人がいるメイン通りを
歩くのは気持ちの良いものですね。


一番のみどころ、鉾が角を曲がる「辻廻し」は
伝統的に上手な「鉾」と下手な「鉾」があるようです。

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(画像拝借!)

30度が3回で90度となりますが、足りなかったり行き過ぎたり。
先導する方の腕もあるみたいですが。


これは長刀鉾「稚児」の“扇”です。
毎年、その年の稚児家がデザインを考えてお作りになるそうです。

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今年は、同じ七条商店街の
京つけもの「西利」、平井家のご子息でしたが、
ご両親は大変お疲れになったことと思います。

無事巡行が終わってよかったですね。


さて、24日には「後祭(あとまつり)」が開催されます。

150年ぶり復活の「大船鉾」も登場します。
素晴らしい巡行を期待しています!


恒例!京仏具工芸協会 総会&懇親会
やって参りました祇園祭(先祭)の宵山!


この日は決まって弊社の職人さんの会
「京仏具工芸協会」の総会&懇親会があります。

場所は四条西石垣(さいせき)の「ちもと」さん。

職人さんからのリクエストもあって毎年ここになっていますが、
「宵山」に祇園とは何とも贅沢な話です。

今回も約50名という大勢の出席をいただきました。

毎回、ご講師をお呼びして1時間ほど講演をしていただきますが
今回は「琳派(りんぱ)」に関する講師として
岡崎「細見美術館」の館長、細見良行氏。

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細見氏は私の叔父の友人でもあり、
来年2015年の「琳派400年」のこともよくご存じなので
今回の講演依頼となりました。

代々工芸品(重要文化財含む)をコレクションしている方でもあり
本当によく勉強しておられます。

ハッキリ言って面白かったですね~

そして、その後は恒例の懇親会。
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宵山の宴会で忙しい芸妓さんの皆さんでした。


そもそも「琳派」とは何か?

近年、使われ始めた言葉のようですが、
尾形光琳の「琳」であることは間違いありません。
本阿弥光悦が徳川家康から鷹峯に拝領したのが1615年。

本阿弥光悦と「風神雷神図」で有名な俵屋宗達が先駆けとされており、

それから100年後に尾形光琳、そのまた100年後に酒井抱一、
そのまた100年後に神坂雪佳というように、
師弟関係もなく代々連続しているわけでもないですが、
なぜか「琳派」は100年おきなのです。

本阿弥光悦が鷹峯に光悦村を開いてから400年が来年2015年。

この光悦と俵屋宗達が先駆けとされる、
厳密に言えば流派とは言えないかもしれないこの「琳派」は
長い歴史の中で日本はもとより欧米にも人気のジャポニズムとなっています。


勉強になりました。細見さんありがとうございました!


従業員さんとの面談?雑談?
仙台~東京へ行って参りました。

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現在、私が社長になって初めて、従業員の皆さんお一人ずつと面談をしています。
といいますか、“雑談”ですが。

タイミングとしては、6月に賞与が支給されましたが
その折に「人事考課表」を書いていただいたこととも関連しています。

考課表には自分で自身を分析しコメントを書く欄もあり、
少し仕事について考えていただく場を持っていただけたかと感じます。

そして面談の機会は、私も自分を見つめ直すいい機会となっていますし、
社長になったこの時期こそ、絶好の機会と捉えています。


今回、特に仙台店の皆さんは、日頃京都や東京といった大きな拠点から
離れて行動していただいている訳ですから
会社の考え方がストレートに伝達されているかは気にかかるところです。

“雑談”の印象はいかがだったでしょうか?

夜は、東京のM専務とともに6名での懇親会を設営していただきました。
(写真は失念!)


そして、本日は早朝から東京へ。
男性は納品などに出てしまっていたので
東京店、築地店の女性の皆様とお話しさせていただきました。

今年の新入社員さん2人が一生懸命仕事をしている姿を見ると
素直に頑張っていただきたいと感じます。


ということで、
これからも、良きことは有言実行で続けていきます!
皆さん、ありがとうございます。



祇園祭の鉾立て
祇園祭「長刀鉾」の鉾立て風景です。


市内へ出た帰りに、四条通りを通りましたら
このようにちょうど組んでいる最中の姿が見られました。

ちょうど信号で止まったので“カシャッ”と。

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「長刀鉾」は、生身のお稚児さんが乗る唯一の鉾で、
必ず山鉾巡行の先頭を行きます。


京都の特集サイトに掲載されていますが、今年は下記のようになります。

今年の祇園祭は今までと大きくかわります。
約50年ぶりに「前祭(さきまつり)」と「後祭(あとまつり)」に
分かれる形に戻ったことにより、
山鉾の巡行も前祭(17日)と後祭(25日)の2度行われます。
そしてもうひとつ大きなニュースとして、
京都JCも関わった「大船鉾(おおふねほこ)」の巡行があります。

「大船鉾」は、元治元年(1864年)の蛤御門の変により一部を残し焼失。
平成24年に御神面を入れた唐櫃(からひつ)による特別な形で、
山鉾巡行に復帰しました。「くじ取らず」で、「後祭」の巡行の最後を
行くことになります。今年150年ぶりの復帰です。


祇園祭はもともと室町を中心とした呉服屋さんの旦那衆が大きく関わっていた
こともあって、この時期は、お店の仕事は半分お休み状態。

特に男衆は心ウキウキお祭りを迎えたといいます。


今年も無事に楽しく、お祭りが進んでいくといいですね。

お稚児さんの平井君、禿の石田君もがんばってください!

東山・鴨川と橋
「火曜会」という会があります。

毎月、第2火曜日のお昼時に京都タワーホテルにて行われます。

メンバーは地域の区役所、消防署、郵便局、駅、金融機関、寺院
そして我々地元企業の長がいらっしゃいます。

特に変わったことをするわけではないのですが、
毎回、順番に担当して40分ほど講演をすることになっています。

今回は、東山区長さんが東山の「鴨川」と「橋」の歴史を話されました。


昔、鴨川はよく氾濫していたというのは有名な話。
今よりも川幅が広く、浅かったようです。

その後、堤防が作られるのですが、
もともと秀吉が作らせた京都を囲む「御土居」というものがありました。
(現在でも一部残っています)

これは「防衛」「境界」「堤防」などの意味合いがあるとされますが、
「堤防」の役目として鴨川に沿って作られたとされます。

その昔は、五条橋は今の松原橋の位置に中州を挟んで2つありました。
(牛若・弁慶もここで戦ったので、今の五条大橋ではないとのこと)

有名な納涼床も、昔は今のようにお店から床が張り出したものでなく、
中州(中之島)に出されていたようですね。
そして、河原や中州は芸能、遊興の場であったと。
(五条大橋以南は刑場でもあった)

その後、鴨川に「寛文の新堤」が建設されます。

(以下、一部引用です)

寛文9年(1669)年、鴨川両岸に新しい石堤の築造が開始され翌年完成しました。
この石垣を寛文の新堤(かんぶんのしんてい)といいます。
(今も先斗町以南に残る西石垣(さいせき)は、この名残だそうです)

この護岸工事が行われるまでは、鴨川は左右に河原が広がる自然河川でしたが,
堤により河原が市街地化されて現在の鴨川景観の基礎が作られました。

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昭和10年(1935)年、豪雨で京都市内の河川が氾濫し,鴨川でも三条・五条大橋など
ほぼ9割の橋が流失し、北大路橋・賀茂大橋・七条大橋のみが残りました。

と、京都市のサイトにこんな分かりやすいものがありました。
http://www.pref.kyoto.jp/kyotodoboku/documents/kamoseibi-1.pdf


このように、今は散策やレクリエーションなど憩いの場所になった鴨川ですが,
歴史的には水との長い戦いがあったということですね。

大変興味深いお話でした。

新卒採用 会社見学会
本日、
2015年3月ご卒業の新卒者の会社見学会を行いました。

今回は人数がちょうどよかったので、
先日リニュアルした7階の“オレンジ”会議室を使用。

まず、プロジェクターを使って
会社概要と京仏壇・京仏具の説明をいたしました。
それに約40分、皆さん真剣なまなざしです。

その後
「京仏壇ミュージアム」
組立工房「卯兵衛館」
木地職人の伝統工芸士、橋本さん
それぞれ説明しながらの見学となりました。


とても盛り上がったのが最後の質疑応答タイム。
それも私がその場を出て行ってから?活発な会話が交わされてようです。

確かに皆さんからすれば「社長」ですから、
そこに居ればしゃべりにくいのは当然ですよね。

さて、今日お越しのメンバーから我々の仲間が増えるのでしょうか?


本日お手伝いいただいた、Oさん、K君、I君、
ありがとうございました。

しばらく新しい仲間を探す活動は続けていきます。

暑気払い!
京都本店の「暑気払い」が行われました。

うちの会長の設えで、ビアガーデン!
今年も四条大橋の「レストラン菊水」さんにおじゃましました。

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(モザイクしてます)

社長のO村さんにおかれましては、
お世話になりましてありがとうございます!
(どっちがお世話してる?)

私もよく存じ上げていますが、
相変わらずの突っ込まれキャラクターで安心いたしました。


ここの屋上からは、鴨川、南座、八坂神社、京都タワーなどなど
とても素晴らしいロケーションです。


やはり従業員さん同士の交流はとても大切ですし、
飲んだ席での話は無礼講!結構本音が出ますのでいい感じです。
(記憶のなくなる人は論外として(=_=))


札幌、仙台、そして近江草津店の皆さんは少人数ですので
なかなかワイワイ!というわけにはいかないと思いますが、
同じ会社の素晴らしいメンバーとして常に意識できるよう、
これからもお話をしていきたいと思います。

失礼いたしました。

”ちまき”ど~ですか~!
知り合いの先輩からいただきました。

祇園祭「長刀鉾」のちまきです。

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大変ありがたく、感謝いたします!


山鉾巡行の先頭をゆく「長刀鉾」の“ちまき”はもちろん一番人気。
値段も一番だと思われます。

一昨年、宵山時に買いに行った時、
ちまきと巻紙を別々に渡され、ちょっと???でしたが
それくらい売れているのでしょう。


さて、今年のメインお稚児さんは京漬物「西利」さん家の誠人君
平井社長は良く存じ上げていますが、
今回は”おじいちゃん”が一番嬉しいのではないでしょうか。

禿(かむろ)の石田さんともどもの大役、
がんばっていただきたいですね。


今年は前祭と後祭の2回に分けて巡行が行われるとのこと。
京都JCが深く関わっている新生「大船鉾」も後祭デビューします。

何度か鉾を曳かせていただいたことを思い出しますが、
今年も楽しい祇園祭にしていただきたいと思います。


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