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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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御影堂(みえいどう)の人天蓋
現在行われている「総本山 知恩院」様の御影堂大修理。
若林は堂内の荘厳具(仏具)ご修復を「若林工芸舎」として担当しております。

その中でも「人天蓋(にんてんがい)」は注目されているものの一つ。


この度、修理の途中で製作年が判明いたしました。

これは「華頂」という知恩院さんの機関誌の記事です。

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※この他、知恩院さんのホームページにて
「御影堂大修理」の工事内容を詳しく紹介されています。
   ↓    ↓    ↓   
http://www.chion-in.or.jp/13_mieido_daishuri/mie_new.html


本年1月に足場を組んで取り外した後、解体修理を行っていますが
そこで寛永16年(1639年)という墨書きが見つかりました。

これは現在の御影堂が建立された年と同じで
大変貴重なものだということが関係者の皆様によって確認されたということです。

これまでにも何度か、この人天蓋は修理をされていますが、
おそらくここまでの「解体」修理がなされたことはなかったものと思われます。

また、その他の仏具についても様々な文字書きが見つかっております。


我々は貴重な歴史の流れに触れさせていただいていることを実感しつつ、
さらに気持ちを引き締めて取り組んで行かねばなりません。


同時進行している「内装工事」ともども、ご関係の皆様に喜んでいただけるよう
頑張っている担当のMさんをはじめとして進めて参ります。

本願寺 沖縄別院様のご法要
先週、沖縄へ行ってきました。
西本願寺 沖縄別院様のご法要です。

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今回、本願寺沖縄別院(浦添本願寺)様の本堂ご新築にあたり、
お内陣の荘厳具一式、納骨壇を納入させていただきました。

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この度のご縁に深く感謝申し上げます。

ご計画当初から相当な年数が経ちましたが、
無事に法要をお迎えになったことに対し、まずは心よりお慶び申し上げます

今回のご法要は3つの大きなご法要となりました。

・親鸞聖人750回大遠忌法要
・本願寺沖縄別院落成慶讃法要
・専如御門主様沖縄特区ご巡回、沖縄別院ご巡拝

特に、第25代 専如ご門主を迎えられるとあって、
別院ご輪番はじめ職員の皆様は準備が大変だったこととお察しします。

ご門主は本年39才、
京都の本山では本年、「伝灯奉告法要」がお勤めされますが、
新しい時代に向かって進んでいかれることと思います。

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さて、ご法要は梅雨明けの湿気と強い日差しの中で行われ、
鹿児島や九州各地から多くの法中(お寺様)が来られていました。

夜の祝賀会も多いに盛り上がりました!。

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担当のY君とは久々に飲みましたが、
かなり懐かしい曲をかけてくれる“ショットバー”は
とてもいい雰囲気でした。(内緒だったそうですが)


ということで、北は北海道から南は沖縄まで、そしてハワイ、北米へ、
若林は日本全国から世界へ、
これからも「心のやすらぎ」をお届けして参ります。


ツイてる!?講話しました。
朝の「倫理法人会」で講話をさせていただきました。
これで3回目です。

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今回の演題は「ツイてる!」

私が普段考えていることを素直にお話しいたしました。

出がけにくつ紐がプチッと切れる。
(最近は切れない紐が多いですが…^^;)

そこで人は三つに分けられる。

➀ツイてないな~ 何か悪いことが起こるのではないだろうか。

②劣化して物理的に切れる時期であったのだな~

③今切れて良かった。今なら別の靴がある。外ではなくてツイてるな~

これは”前向き”な考え方だな、というだけではなく、もう少し上の話。

常にさまざまな周波数を拾う。
いつも電波は空気中に飛んでいる。

ラジオもテレビもチューニングして電波を取り込む。
そこにあわせるから映像や音声が入ってくる。
言葉も振る舞いも全く同じこと。

イライラしている人の注文だけ来ない。回りが気をつかう。

いつも怒っている人にはますます怒るようなことが起こる。
いつも笑顔の人には笑顔になることが起こる。

「運をあげる方法」は科学的に証明されてきている。

「いつも笑顔でいる人」
「物事を肯定的に考える人」

これが運のいい人。


人生は魂の修行であると複数の人がおっしゃっています。
私もそう思います。

どんな人にも大小、長短、必ずハードルがやってきます。
しかし乗り越えられないハードルはやってきません。

どんなときも穏やかに、笑顔で、前向きに。


今、ややこしい世界の中で「日本」に生きていること自体が
”ツイてる”わけですから、そこを忘れず歩んで行きたいと思います。


幾松さんの見学
先日、木屋町の京都銀行協会で金融機関の勉強会がありました。
終了後の交流会は、向かい側の「幾松」さんへ。

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ここは幕末の志士、桂小五郎と幾松の物語で有名な場所、
私は初めてうかがいました。

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「幾松」の説明は下記の通りです。
ベテランの従業員さんが“観光ガイド”のように上手に説明してくれました。

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「幾松」は若狭小浜生まれ。
小浜藩士の木崎市兵衛と、医師の細川益庵の娘との間に生を受けました。
しかし幼少の頃、藩内の事件から父、市兵衛が妻子を残して出奔。
八歳の時に京都に出てその後三本木(丸太町あたり鴨川の西岸?)
の芸妓になりました。
桂小五郎とのロマンスは文久のころから始まったと伝えられております。

当時、反勢力より常に命を狙われていた桂小五郎を自らの命をかけ、
機転を利かせ護りぬいた幾松の気丈さと愛の深さ、また二人の信頼関係の強さは、
維新後の明治時代の人々にも多くの尊敬を集めました。
明治維新後、桂小五郎は木戸孝允と改名し、参議など要職を歴任、
政府内の進歩派の中心として、廃藩置県、藩政奉還に尽力しました。
幾松は山口藩士の岡部富太郎の養女となり松子と改名、
正式に木戸孝允の妻となりました。

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(桂小五郎が隠れ、幾松が守ったとされるつづみ)

幕末当時、幾度となく当時の長州藩の尊王攘夷派の反勢力により
捜索を受けたと伝えられているこの屋敷ですが、
今も鴨川への抜け道、飛び穴、のぞき穴、つり天井などが保存してあります。
当時は不意の敵にそなえて、幾松の間の天井には
大きな石が仕掛けられていたそうです。
もちろん今はありません。


今回の見学で考えさせられたことは、
説明ガイドによって、その地が楽しくもつまらなくもなるということ。

「観光」というのは、ただ建造物を“鑑賞”することだけではなく、
その場所の歴史や由来に思いを馳せ、当時をイメージしながら過ごす時間も
大切であると思います。

いかに日本各地の観光地にこれが不足しているか(特に外国人に対して)、
これから“観光立国”で生きていく日本の考え方を
今一度あらためる必要があります。


イチロー20の言葉
イチローがピートローズを抜いて最多安打記録を塗り替えました。
日米通算ということで賛否両論ありますが、そんなことはどうでもいい。
とてつもない記録です。

そのイチローの言葉が心に響きます。
特に最後の20番目は私の好きな言葉です。結局やり続けることなんですね。



1.努力せずに何かできるようになる人のことを天才というのなら、僕はそうじゃない。
努力した結果、何かができるようになる人のことを天才というのなら、
僕はそうだと思う

2. 特別なことをするためには、普段の自分でいられることが大事です

3.4000の安打を打つには、8000回以上悔しい思いをしてきた

4.キライなことをやれと言われてやれる能力は、 後でかならず生きてきます

5.やってみて「ダメだ」と わかったことと
はじめから「ダメだ」と いわれたことは、ちがいます

6.壁というのは、できる人にしかやってこない。
超えられる可能性がある人にしかやってこない。
だから、壁がある時はチャンスだと思っている

7.今自分がやっていることが好きであるかどうか。
それさえあれば自分を磨こうとするし、常に前に進もうとする自分がいるはず

8.努力をすれば報われると本人が思っているとしたら残念。
第三者が見ていると努力に見えるが本人にとってはまったくそうではない、
という状態になくてはならない

9.結局はどれくらい野球が好きか。僕大好きだから。
そういうものに対して半端な気持ちで向かえない。
ありったけの自分で向かいたい

10.準備というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していく。
そのために考え得るすべてのことをこなしていく

11.僕は天才ではありません。
なぜかというと自分が、 どうしてヒットを打てるかを 説明できるからです

12.自分を支えているのは良い結果ではない。屈辱が自分を支えている

13.どんなに難しいプレーも、当然にやってのける。
これがプロであり、僕はそれにともなう努力を人に見せるつもりはありません

14.同じ練習をしていても、何を感じながらやっているかで、
ぜんぜん結果は違ってくるわけです

15.夢がだんだん近づいてくると、 目標に変わってきます

16.少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事

17.しっかりと準備もしていないのに、目標を語る資格はない

18.なりふり構わない自分でいたい。ナイスガイなんかにはなりたくない

19.他人の記録を塗り替えるのは7割、8割の力でも可能だが、
自分の記録を塗り替えるには10以上の力が必要だ

20.小さいことを積み重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道


いかがでしょうか?
「PRAY for ONE」(小さな祈りのプロジェクト)
「PRAY for ONE」(小さな祈りのプロジェクト)。
もともと“全宗協”(全国宗教用具協同組合)の事業として始まりました。

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このプロジェクトは、日常にある「小さな祈り」を大切にするために
生まれたプロジェクトです。
「いってらっしゃい」「気をつけてね「がんばって」「げんきでね」「ありがとう」
暮らしの中には小さな祈りが溢れています。
それは、決まった信仰に限ったものではなく、
すべての人の中にあるポジティブな思いです。

PRAY for ONEは、「小さな祈り」をより多くの人に気づいてもらいたい、
もっと多くの祈りが生まれてほしい、そんな想いから生まれました。
また、その中でも特に、日常の中にある様々な祈りを認知してもらうこと。

老若男女すべての人に「祈り」に対し親しみを持ってもらうこと、
祈りの普及で「祈り」がより身近な「行為」へと変化することにより
新しい祈り文化の構築とやさしい社会づくりを活動の目的としております。

=====

昨日、京都の清水寺にてこのイベントが行われました。

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「祈る」と「折る」は似ている。

「折り紙」に祈りや願いを書いて、ゆっくり丁寧に折ります。
最後に息を吹き込むことで、いのちを宿した鶴となり、

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あなたの祈りを運んでくれます。

折り鶴の専用の紙があって、折ると鶴の色分けになるように作られています。

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誰もがいつも何かを祈っている。
私は無宗教だと言う人でも、お札やお守りを買い、結局祈っている。

ということで、

祈りという行為を普及させ、
祈り文化の構築と優しい社会づくりを目指すこの会が
さらに発展されますよう、祈っております。


ゴホン!といえば龍角散
「創業200年 躍進する老舗企業のブランディング戦略」

経営勉強会で、株式会社「龍角散」藤井社長のお話を聴きました。
もともと音楽家で、海外のコンクールでも優勝経験をお持ちです。

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引き継いだときは「売上40億円、借入40億円」の企業だったそうです。

医療用の医薬品は、制度への依存性が高く、
公的医療費の削減によって業績悪化は明白になると予測。
一般用の医薬品は、今後自社ブランドで勝負できると判断、
オンリーワンビジネスの展開を目指したということです。


「龍角散 のど飴」がヒットし、
のど飴メーカーのシェアでは2位のカンロを大きく引き離し、
現在シェアトップを走っていらっしゃいます。

また、「クララ」(懐かしい!)という直接のどに効く製品も一時流行りましたが、
これは「龍角散ダイレクト」として再出発されました。
現在では若年層にも受け入れられ売上を伸ばしています。

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もう一つは「らくらく服薬ゼリー」「おくすりのめたね」。

この画期的な製品は、社長自身の介護現場での体験から生まれました、
基本的に固形物の薬を飲むことは困難であり、詰まる危険も伴うため、
これを何とかできないかという発想だったようです。

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寒天によるゼリー状のオブラートは、年配者はもちろん、
現在では乳幼児向けにも改良、転用され、ヒット商品となっています。


… ということで、現在の売上は135億円。

これを機に広告宣伝費をグッとつぎ込んで、
さらに認知度を高めようと頑張っていらっしゃいます。


今後も注目の企業ですね。

宣伝みたいになりましたが、かなり刺激をいただきました。
ありがとうございます。

修学旅行生の御礼文
弊社では、本店にて修学旅行生の見学を受け付けています。

店内の木地職人さん見学の他、京仏壇ミュージアム、
組立工房の卯兵衛館など、
「京仏壇・京仏具」の一端に触れていただくことができます。

小グループであれば、
金箔押し体験や、念珠つなぎ体験なども受け付けています。

今回、ご見学の御礼状をいただいたのは、
静岡県の静岡市立 竜爪中学校様です。

「古都の文化にふれよう」

仏壇部から戻ってきて拝見した生徒さんによる御礼作文の
その内容が素晴らしい!ということで一部分をご紹介します。

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仏具にどれだけの人の手と思いと時間をかけて作っているのか
を知ることができました。
お寺や神社にある仏具はとても立派な者が多く、
見るときにとても豪華できれいだなと思います。
それは、一人一人の職人さんが次の職人さんがやりやすいようにするという
気遣いが作りだした芸術だと思います。

私は仏具づくりの話をきいて大事だと思った「気遣い」「次の人のことを考える」
ということを、これからの生活で心がけていきたいと思います。
また、仏具を見るときにたくさんの人が関わっていることを考えたいと思います。

=====

木地職人さんの 仏壇に対する熱意を感じることができました。
一つの仏壇を作るのに、半年もの時間がかかるのに
雑な仕事を全くせずに次の職人さんが作業しやすいようにと思いつつ
またその連鎖でいい仏壇ができると信じて頑張っているところです。
この体験では、お寺などに置いてある仏壇は数多くの職人の手によって
つくられた物なのだと思い、感謝して参拝したいと思いました。

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いかがでしょう?

やはり実際に現場を見ると印象が変わりますね。
京都の良さはこんな所にもあるのだと気づかせてくれる文章です。

世の中が変わっていっても、ここにある精神は継承していくことが
重要ですね。

徳川家康に学ぶこと。
先日、代表幹事を務める金融機関の会の代表者セミナーが開催されました。
場所は「浜松」。

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講演では、ご当地ゆかりの「徳川家康」のお話を聴くことができました。
NHK大河ドラマの時代考証でも有名な、小和田 哲男先生です。

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本年は、家康没後400年(1616年死去)ということで
関係各所でイベントが執り行われています。
http://www.ieyasu400.com/


「三方原の戦い」のお話。

武田信玄に叩きのめされた「三方原の戦い」が、家康を変える転機となりました。
武田軍25000人、対する家康軍は8000人
(信長の援軍3000人を加えて11000人)。

武将として数枚上手の信玄にまんまとおびき出され家康軍は壊滅します。
800人もの家臣を失い、「浜松城」に逃げ帰りました。

家康は城に戻るとすぐに絵師を呼び、敗北した自らの肖像画を描かせます。
痩せて、憔悴しきった自らの情けない姿を小さな巻物に仕立て、
慢心しそうになるとこれを眺めては気を引き締めました。

戦いでは、何人もの大切な家臣が家康の身代りになりと死んでいったのです。
家康はそれまでの武将と違って命の大切さを知り、人材観の転機となりました。

それからは、特に家臣を大切にしたといいます。


結局のところ、企業は「人」で動いています。

経営者はその場の判断だけではなく、短期・長期ビジョンを描き、
社内の従業員全員に伝える必要(義務)があります。

各リーダーはその意味をよく理解して実行の先頭に立つこと。
特に言動と行動の一致しない経営者やリーダーは人がついてきません。

家康はよく考え、実行した名将であると思います。
また、そこにいた家臣も素晴らしい人材であったと言えます。


非常にユーモアを交えた明快なご講演でした。
これから大河ドラマを見るときに小和田先生の顔が浮かびそうです。

第3回 本店 BBQ!
月末会議の後に、3回目となる本店”BBQ”が開催されました。

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うちのS専務によるこの企画は、これまでもお寺様も参加されましたし、
一部の職人さんにもお越しいただいています。

従業員さん同士が気兼ねなく交流できる場としても定着してきました。

お店に行きますと、残業している人や途中参加、退席の人は参加しにくい
状況となりますし、結構コストもかかります^^;


今回は“半期決算報告”ということで、各支店の店長も京都へ来ていたので、
全員で45名を超える大人数となりました。

そして、Y井さんの特製サラダが新登場!!
後半は鉄板の前にも立たれていました。

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もちろん、S専務のメニューは健在。

ビーフハンバーガーに始まり、厚切りステーキ、極太ソーセージ、
焼きそば… などなど、皆さん大変満足されていました。

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こうして毎回交流が深まっていけばいいですね。

S専務、Y課長、そしてお手伝いいただいた皆様、ありがとうございました!


OB会の副会長!?
お役が来てしまいました。

私が所属していた大学の体育会クラブのOB会のお役です。
先日、OB会の総会が京都タワーホテルにて開催されました。

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後輩君から、「一度幹事会に来て助けてほしい!」と言われて
優しい心?を出してしまったのが流れのきっかけ。

世代交代を希望しておられる年配の先輩方からは、
若手への切り替え時期であるというご意見でした。

ほどなく当時のOB会長より、
「副会長を2人選任するから、そのうちの一人になってくれ!」
と直接連絡をいただきました。

ここは体育会の悲しい性、
大先輩の言われたことには、とことん逆らうことができません。

もう一人の(メイン)副会長が、良く存じている2年先輩であり
名古屋の某有名自動車メーカー系列の経営者です。

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(すでに3冊ほど本を出版されているらしいです)

… と、ここまでは良かったのですが、
突然、OB会長が退任することになったという連絡をいただきました。

「はあ???」


何があったかは知りませんが、
その後の流れはご想像の通りで、先の名古屋の先輩がOB会長、
私は単独の副会長就任となりました。



図らずもこのような状態になったことも“ご縁”と考え、
少しずつ関わっていきたいと思います。


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