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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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原爆の日にあたって
広島、長崎に原爆が投下されて、今年で73回目を迎えます。
当時の投下までの流れについては、現在までさまざま語られてきていますが、
あらためてニュースに記述がありましたので紹介いたします。

京都も投下の最有力地だったのです。



(以下引用)
1945年5月の目標検討委員会では、爆風で効果的に損害を与えられること
などが条件となり、広島、京都、横浜、小倉の4つの目標都市が選ばれた。
京都と広島を優先順位の高いAA級目標に、
横浜と小倉をそれより優先順位の低いA級目標に分類した。

京都と横浜が実際の原爆投下の数カ月前まで有力な候補地として残っていたのだ。
1945年5月には、初めて使用する原爆の効果が正確に測定できるよう、
投下目標都市に対する空爆が禁止された。

アメリカが京都を外した理由

その後、京都と横浜が最終的に除外された。
アメリカが京都を外した理由としては、1000年間朝廷があり、
日本が誇る古都の京都に原爆を落とすと、戦後日本を占領するうえで
日本人の協力が得にくいと考えたからだった。
原爆開発の責任者だったグローブス少将(1944年に准将から昇進)は
京都攻撃にこだわったが、ヘンリー・スティムソン陸軍長官が反対したという。

「京都を攻撃してしまうと、日本人は2度とアメリカ人の言うことを聞かなくなる。
そのような戦略的な判断があった」。
広島平和記念館資料館の志賀賢治館長はこう解説する。



もし、特定場所であった「梅小路」の転車台あたりに投下されていたら
弊社はそこから存在していなかったかも知れなかったということ。
何とも言葉が出てきません。

広島や長崎の皆さんがどれほどの苦悩を味わったか、
今となってはメディアで見聞きするだけですが、想像を絶するものがあったと思います。

アメリカの実験に使われたことも否定できない2種類の原爆投下。
最近でも世界の核保有の話題には事欠きません。

人間はこの先どこまで愚かな争いを続けていくのでしょう。

…といいつつも、私達は目の前のことを日々しっかりやるだけです!


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