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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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Kanamono Art !!
人間味溢れるアートディレクター(グラフィックデザイナー)の内田喜基さん。
若林も現在お世話になっています。

さまざまなメーカーとの仕事の中で、食品、ドリンク等のパッケージやロゴ制作などに
活躍されています。

この内田さんの趣味で始まった「Kanamono Art(カナモノアート)」があります。

内田さんの著書「グラフィックデザイナーだからできるブランディング」によると、
独立してしばらく経ったころ、また純粋なアートを楽しみたいという想いが
ムクムクとわき上がり、始めたのがこの「Kanamono Art」だということ。

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趣味などといっても、すでに仕事になっている凄いアート作品に見えます。


この「Kanamono Art」とは…
無機質な金属で有機的な生き物が創られている。
偶然のように緻密に計算された、カナモノの配置によるKanamono Art。
カナモノ(クギ、ドライバー、ネジ、ペンチなど)48種類を組み合わせ、
まるで図鑑のような世界を表現する。
遠くからは動物に見える。けれど近くで見るとすべてカナモノで構成している。
その違和感が独自の世界観を生み出している。

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もともとご実家がこのようなカナモノ工具に関わるお仕事をされていたこともあり、
子どもの頃から見ていらっしゃったのでしょうね。

その一部がFacebookや著書にも掲載されています。

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(タコ!)
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(シーラカンス!!!)

そして、
前置きが長くなりましたが、うちの職人さんでも、現在これを製作しています。

彫金と鋳物です。

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(なんとタガネによる彫金です!)
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(蝋型鋳造の技術も使っています!)

まだ途中経過ですが、これがまた素晴らしい!!


当の内田さん本人にも大変喜んでいただいています。
もしかしたら、ニューヨークのギャラリーに展示されるかも知れません。

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京都の仏具職人の技術は、実はさまざまな場所に応用が効きます。
これも典型的な例ではないでしょうか。

各デザイナーさんやアーティスト、建築家の皆さんを職人工房に案内していると、
化学反応!?我々では思いもよらぬ発想が湧いてきて、このようなことになります。
これがまた楽しいのです。

若手??といわれる各職の息子さん含む後継者の方々とともに
これからも共にビジョンを描いていきます。


「Kanamono Art」実に興味深い題材です!


人事を尽くして。
“人事を尽くして天命を待つ”のか、“天命を待って人事を尽くす”のか。
通常のことわざは、もちろん前者ですね。


松下幸之助さんはこのように言われます。

「人事を尽くして天命を待つ」


「人事を尽して天命を待つ」ということわざがある。
これは全く至言で、私はいまも自分に時どきその言葉を言い聞かせている。
日常いろいろめんどうな問題が起きる。だから迷いも起きるし、悲観もする。
仕事にも力が入らないことがある。これは人間である以上避けられない。
しかしそのとき私は、自分は是と信じてやっているのだから、
あとは天命を待とう、成果は人に決めてもらおう……こういう考え方でやっている。

小さな人間の知恵でいくら考えてみても、どうにもならぬ問題がたくさんありすぎる。
だから迷うのは当たり前である。
そこに私は一つの諦観(物事の本質を見極める)が必要だと思うのである。



もう一つの考え方。斉藤一人さん。

「天命に任せて、人事を尽くす」


人生の中で『人事を尽くし天命を待つ』というようなシーンは例外。
ほとんど場合、こっちが何も望まなくても向こうから勝手に来る。
未来は勝手にやって来る、未来は勝手に向こうからやって来る。
未来からやってくることは、必ず解決できること。自分で解決できない問題はない。
神様の出す試験はすべて自分で解くことが出来る問題ばかり。
来るものは来るのだから、どんとこい天命。『天命に任せる』という心構えが肝要。
変化とはチャンスである。
『天命に任せて、人事を尽くす』 (天命に任せて人智を尽くす)



そしてもう一つ。

「天命に安んじて人事を尽くす」

明治時代の真宗大谷派僧侶で大谷大学の初代学長、
清沢満之(きよざわ まんし)師のお話です。


例えば、資格試験などに挑戦するとき、合格するかしないかを考えるより、
開き直ってとにかく出来ることを一生懸命頑張ろうと心掛けたりします。
しかし、最善を尽くした結果、自分にとって悪い結果がでれば非常に落胆しますし、
また、心掛けてはみるものの結果のことが気になり、不安で仕方がなく、委縮したり、
頑張りきれなかったりすることもあります。
人間の心は弱いもので、「結果がどうあれ、最善を尽くすことが大切」というわけには
なかなかいかないものです。
一方、清沢満之先生がおっしゃった「天命に安んじて人事を尽くす」とは、
「ありのままの自分を受け入れ、最善を尽くす」というものです。
ありのままの自分、すなわち悩みや不安を断ち切れず、それに惑わされる自分という
ものに気づき、そんな自分を導いてくださる大きなはからい(天命=他力)に任せ、
最善を尽くしましょうということではないでしょうか。

親鸞聖人は「自力」ではなく「他力」によって人は生かされると説かれました。
ここでいう「他力」とは、他人任せであったり、運任せということではありません。
人間の小さな自我(自力)に任せるのではなく、自力を超えた大きなはからいによって
自然とある結果におのずと導かれるという「他力」を救いとし生きていきましょう
ということです。


それぞれ言い回しは違いますが、「最善を尽くす」ことにおいては共通していますね。
人間はこの世に生まれてきて、人間の姿を借りて修行(勉強)をしていると思います。

なので、常に最善を尽くして生きることが望まれているのでしょう。
しかし人間は弱いですから、なかなか日常的に人事を尽くすことができません。

やってくることに対して、また今のありのままを受け入れながら、
その時々に人事を尽くすことが、まずは必要なのでしょうね。



京都マラソン2019完走!!
京都マラソン完走!!


先日、「京都マラソン2019」に出走してまいりました。


私は2014年、2016年に引き続き3回目。
当日はマラソン日和のいいお天気に恵まれ、大変ラッキーでした。

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個人的にはネット(実質)4時間46分で完走できましたので、大変満足しています。

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スタートは西京極競技場、私は後ろの方Gブロックスタート、
メイン競技場ではなくサブ競技場からのスタートとなりました。

A〜Fブロックの方々(だいたい5時間までで走れる人のイメージ)はメイン競技場から。
G〜Kブロックの方々(だいたい5時間前後〜完走〜初マラソンのイメージ)は
サブ競技場からスタートです。

サブ競技場からは、もちろんスタート前セレモニー進行の“キヨピー”、門川市長、
本田望結ちゃんなどの姿も確認できません!

9時にスタートの号砲!
すべてがメインスタンド前をスタートするまでに15分はかかるでしょうか。

桂川を上がり嵐山から嵯峨清凉寺、広沢池、宇多野、仁和寺、龍安寺。
平野神社、今宮神社、上賀茂神社へ…

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お寺、神社だらけですね(笑)


京都マラソンは起伏が激しく、本当にコースの変化に富んでいます。
市内どこでも北へ上がる時はモロに登り!東山に向かっても登り、
南へ下る時、川に沿って走る時は緩やかな下りになります。
河川敷を走ったり、2車線があったり6車線があったり…


給水ポイント、フードポイントもかなり充実。
スポーツドリンク、水はもちろん各所に。
一ヶ所づつですが八つ橋やパン、バナナ、みかん、トマト、チョコレート、
酢こんぶ、塩あめ、などもありました。

おそらく都市マラソンとしては、かなりの充実度だと思います。


北山通の25km過ぎ、松ヶ崎付近では、
うちの家族、両親、黒ラブ犬のスミレまで応援してくれました(笑)

その後。植物園、鴨川河川敷、市役所、最後の銀閣寺への登りを過ぎれば40km。
最後の2キロは偉そうにスパートしようと思ったのですが、全く足が動かず(>_<)

平安神宮前でゴールすると、優しくフィニッシャータオルをかけてくれ
完走メダルをいただき、ドリンクなど記念品ももらえます。
この辺りで完走の実感がわいてきます。

ゴール後の更衣等が「みやこめっせ」なので、とても近くてGOODです。


こうして1日が終了するわけですが、
沿道の住民の皆様にとってはいかがなものなのでしょうか。

市内の通行止めが長時間にわたって続くために、初回が始まる当初は
地元説明がかなり難航したと聞いています。交渉担当者は大変ですよね。


年々当選倍率は上がり、外国人の方も多く出走されているこの大会。
京都が活性化するのであれば私は大いに今後も盛り上がっていただきたいと思います!


3回目の京都マラソン!!
2014年、2016年に引き続き、
本年2019年、3回目の京都マラソンチャレンジをいたします。


2017年の東京マラソンに奇跡的に当選し、完走しました。
それからほぼ2年間、何もやってこなかった私にとっては初マラソンのようなものです。

とにかくサブ5(5時間以下)を目指し、無理せず行きたいと思います。

ウェアは「初心に返る」という意味で?初マラソン時のコーディネイト!

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さて、どうなりますやら。

応援よろしくお願いいたします!
おやすみなさい。


仲間の大切さ!
先日、14名ほどの集まりがありました。

京都青年会議所 2006年度 総務委員会 同窓会

私がちょうど40才の時、青年会議所の卒業年度に委員長をさせて
いただいた委員会です。

あれから12年…

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定期的にこの委員会の同窓会はやっているのですが、今回は久しぶりの開催。

当時、委員会スタッフの一人であった○川○介君が、
昨年京都青年会議所のトップである理事長をしていたのです。

よって彼の”おつかれさん”会という意味もありました。

1年間(実質は2年くらいですが…)、
全国でも一番ハードと言われる京都JC理事長の職責をよく全うされました!
素晴らしいことだと思います。
今後は”社会復帰”し、今までの分、仕事に励んでいただきたいと思います。


私は当時たまたま総務委員長という職をいただいて、
25名の委員会メンバーとともに活動していました。
いわゆる「苦楽をともにした」メンバーです。

その仲間と時を越えて一緒に飲めるというのはこの上ない幸せ。
集まると一気に12年前にタイムスリップしてしまいます。
いつも当時の話で盛り上がって大笑い!何回おんなじ話してんの?(笑)


皆さん、今後も末永くお付き合いのほど、お願い申し上げます。
ありがとうございました!


本当に忙しい?
“忙しい”ということを常に言う人がいます。

“忙しい!” “毎日大変!” “体が持たない!” …
皆さんの周りにもいらっしゃるのではないでしょうか。

私はその昔、“忙しい”という言葉は極力使わない方がいいと言われたことがあります。

それを言っても周りは何の評価もしませんし、
むしろ計画性がないのでは?ということで逆評価になるかも知れません。


そこで松下幸之助さんの言葉です。
「心が滅びる」という言い方をされています。


【心が滅びるよ!!】

「忙しい忙しいと言っていては、心が滅びるよ」
と、松下幸之助は言っていました。時間だけは、誰にでも平等に与えられている。
時間に追われて、忙しい忙しいと言っていると、
生産的な前向きの気持ちまで、滅びてしまうものです。
時間に縛られる人生ではなく、時間を生かす人生でありたいと願えば、
その時から心に余裕がでてきます。


また、久々の登場!斉藤一人さんの話です。


〝忙しい!いそがしい!〟って、言ってるお店の人ほど、儲かってないことが多い。
ホントに儲かっているお店の人は〝いそがしい=ありがたいこと〟だと思っているから、
いちいち〝忙しい!忙しい!〟とか、口に出して言わない。
だけど、ホントにいそがしいのは、儲かっているお店なんだよね。
それでも、そういう人のほうが、忙しいとか言わないうえに、
自分の時間をちゃんとつくり出すだけの〝ゆとり〟があったりするんだよ。
〝忙しい〟って漢字を見てごらん。〝心を亡くす〟って、意味だよ。
ホントはさ、ダレだってみんな、いろいろいそがしいんだよ。
それなのに、自分だけ、大変だ、みたいに思ってる心が、ゆとりを亡くして、
人生そのものをゆとり亡いモノにしちゃうんだよ。」


心を亡くす… まさに当を得た言葉だと思います。

皆さんは心を亡くしていないでしょうか?

忙しいですよね~と言われることもありますが、
これは周りから心を亡くしているように見られているのでしょうか??


もちろん物理的に仕事が詰まっている状況は、誰しも必ずありますよね。
でも、本当に忙しいかどうかは、結局心の持ち方なのですね。



京都の鏧子(けいす)職人
我々が扱っている寺院製品の中に、いわゆる“鳴り物”というものがあります。

お寺の梵鐘、釣り鐘もそうだと思いますが、
「鏧子(けいす)」「大鏧・経鏧(だいきん・きょうきん)」といわれるものも
その一つです。

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お寺で読経時に使うもので、通常ご本堂の中にあるものです。
お仏壇でいうと「おりん」のあたるものですね。

京都には何名かこの鏧子職人さんがいますが、いずれも一枚の長方形の真鍮板を
叩いて伸ばして丸にして、叩いて伸ばして立ち上げていきます。
いわゆる鍛金(たんきん)です。

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京都は途中で継いだりしないので、本当に大変な作業なのです。

当然金属を叩くときには大きな音が出続けますから、“耳せん必須”です。
長年携わると職人さんが耳をやられるというのもうなずけます。


それではいくつか工程をご覧ください。
古いモノクロ写真なのはご容赦くださいませ!

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開口部に近い部分(叩く場所)の厚みによって音の高さが変わるとか、
槌目を付けない仕上げ方法、漆による色付けなど“うんちく”はたくさんありますが、
それはまたの機会に!


一世一代のピンチを救ったプラス思考。
毎月送られてくる倫理法人会のプリントに、一つのストーリーがありました。

窮地に追い込まれた時、自分ならこのように前向きになれるものかと考えます。
”プラス思考”と簡単に言いますが、まずは発する言葉が大切なのかも知れませんね。


・・・・・・・・・・・・・・
北陸で手広く事業を展開していたO氏に、突然の苦難が襲いかかりました。
工場で火災が発生したのです。
約20年間、汗と涙によって築き上げてきた財産は灰になってしまいました。

火災事故の知らせを受け、以前から親しくしていた友人のNさんは、すぐさまO氏のもとに向かいました。
途中、どんな慰めの言葉をかけようか…と考えるのですが、なかなか言葉が浮かびません。
足取りは重く、心は沈み込むばかりでした。

ところが、Nさんが現場に到着すると、思い描いていたものとは違う情景が目に飛び込んできたのです。
それはO氏が元気よく大きな声で指示を出し、社員たちが焼け跡で精力的に走り回っている光景でした。

Nさんは「本当に大変なことでしたね」と、お見舞いの言葉を述べました。
O氏は「忙しい中、よく来てくれました」と言い、その後に、ある一言を発しました。
それを耳にしたNさんは一瞬、聞き違えたか?と我が耳を疑いました。

再度聞き直すと、O氏は、よりはっきりした声で次のように言うのです。
「Nさん、お陰様で、久々にでかい焚き火にあたりました!燃えたものは、もうしようがありません。
後は建て直すだけです。消防署のほうでは、出火原因は工場内の煙草の不始末といっておりますが、
大事な社員ですから、犯人探しはやめました。
そのかわり社員たちに、『燃えた物以上の工場を建てるから力を貸せ!』と叱咤しているところです。」

O氏の見事なまでの気持ちの切り替えの早さに、Nさんは圧倒され、ある種の感動さえ覚えました。
困難な状況に屈せず、常に前向きに生きようとするO氏のもとには、
社員はもちろんのこと、取引先や銀行など多くの応援者が現れました。
再建は予想よりも短期間で実現し、
O氏への周囲からの信用度も以前に増して高くなり、売り上げも伸びていきました。

人の一生は、さんさんと陽光が照りつける日ばかりではありません。
冷たい寒風の中で身を寄せ合うように生きなければならない時もあります。
思いがけない出来事に遭遇した際、目の前の現象にのみ心を奪われ、
誤った対応をして、事態を悪化させてしまうことがあります。

その要因は、日頃から身のまわりで起きてくる事柄に対して、恐れや怒り、悲しみ、
不満といったマイナス思考が働き過ぎているところにあるのでしょう。
「その人に起きてくる苦難は、解決可能なことだけである」と言われます。
この言葉を糧として、ピンチをチャンスに変える力を磨いていきたいものです。
・・・・・・・・・・・・・


別の言い方ですが、
「人生に乗り越えられないハードルはやってこない。なぜなら、すべて自分が決めてきているから」
ということを言う方もいます。

幾多のハードルを乗り越えてこそ、人間として「魂」の成長がある。
そう自分に言い聞かせながら毎日を過ごしています。




100年前の手紙
札幌店長より送ってもらいました、今からちょうど100年前の手紙です。

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宛先は大谷岩太郎さん。

北海道旭川の町を作った人の一人と言われる方で、
東本願寺旭川別院の筆頭総代(檀家代表者)をつとめられた方です。

この手紙の日付は、大正8年といいますから1919年。
私の曽祖父(3代目卯兵衛)は明治28年生まれですから、24歳くらいの話ですね。
とはいうものの、この手紙を誰が書いたかは不明なのですが…

見つかったのは大谷家の古いお仏壇の中。
林店長の解読によりますと、これは位牌の発送の際に添えられていたもので、
出来上がりに対する自己採点と、
残りの注文品が遅れている旨の言い訳が書いてあるようです。(笑)

そして末尾には、現在別院の仏具を“目下着々製造中に御座候”とあります。

弊社は、翌年大正9年に東本願寺旭川別院さんに仏具一式を納めています。

おそらく舞鶴から小樽まで船便、その後が陸送と聞いていますが
100年前であることを考えると、かなり大きな本堂の主要な仏具を
よく京都から運んで納めたものだと思います。

その時いただいた感謝状の筆頭に大谷岩太郎氏の名前があります。

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実は数年前に、この時の仏具一式が京都に戻ってきて修復させていただいています。
その時は“タイムスリップ”したような感覚がありました。

100年前の仕事を、100年後に孫やひ孫が評価しているという恐ろしい状況。
後世の方々を裏切るような仕事は絶対にできないということですね。


創業190年の話題としては、ピッタリの内容です!
H店長、ありがとうございました!



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