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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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八重の実像
ロータリークラブの卓話で、新島八重さんにまつわるお話を聞きました。

霊山歴史館 学芸館長の木村幸比古さんのお話でした。
大河ドラマでは、ご意見番のようなことをしていらっしゃるようです。

現在ドラマを見ている方は、八重さんの活躍をご存じのところですが、
会津藩がこれほどまでに大変だったとは全く知りませんでした。

幕末の京都では、
徳川慶喜、朝廷、薩摩藩、長州藩、新撰組、といった言葉が並びますが、
正直、会津藩の活躍は全く知りませんでした。

ドラマで判断しますと、藩主の松平容保は、京都守護職として
孝明天皇の信頼も大変厚く、忠義を尽くしてこれに当たってこられました。

多少脚色はされているにしても、
慶喜からの理不尽な話にも、最後までグッと耐えて、
こらえながら藩をまとめていく姿はとても印象的です。

私はD学校の出身ですが、兄の覚馬さんや八重さん本人の名前は
断片的には出てきても、
新島 襄氏との関わりのある人物というくらいの知識でした。

しかし、襄さんと出会うまでの八重さんは、本当に大変だったのですね。

密渡航された新島 襄さんも大変でしたが、
戦争で実際に銃を握った八重さんは、身も心もボロボロになられたことでしょう。

最愛の藩の敗北、親兄弟の死まで経験され、
これ以上、亡くすものはないという感じですね。


私は、今のたるんだD学校の一部の先生方を一喝しに
戻ってきてほしいと思う今日この頃です


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