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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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万人幸福の栞 (その9)
本日は、「万人幸福の栞」17条の9つ目。

約束を違(たが)えれば、己の幸いを捨て他人(ひと)の福を奪う(破約失福)です。

「きめごと」というのは、大の天体の運行、四季、昼夜のめぐり、
小は火、水、電気などについてのことなど、
これまで学者が研究し、発見したすべての法則。
それは、はずれるとすぐけがをする、損をする。夜は燈がないと仕事ができぬ。
雨の日に傘がないとぬれる……。火はやけどをするし、電気はビリリと来る。
こうした自然の約束は、知る限りは必ず守る。守らぬと身を亡ぼし、命を失う。
人のきめた約束はどうであろうか。いかめしい手つづきできめた法律、
あるいは人がよりあって定めた、いろいろの規約、これは人のきめたものだから、
守る守らぬは、そんなに厳密なものではない。
時によると、うまくのがれれば得をするといったふうに、人のきめごとは、
あまく見ている。これは大変な誤りである。法律も、規約も、人が何人か集まって、
同じ目的で仕事をし、生きて行く為には、なければならぬきめごとである。
だから、破れば皆が困り不幸になるということは分る。
が、これを破ったからとて、知れねばそれだけ得をすると考えるのが、
低級な間違った常識である。たとえば、さぎ、どろぼうが、働きもせずに、
もうけてよかったと思うようなものである。
ことに、いわゆるやみで儲けた、と得意になっているようなものである。
これは、大変な考えちがいで、少し目を洗い、耳をそうじして世間を見ていると、
法網をくぐって出来た金銭、財産は、その人の身につかぬのみか、かえって、
その人を、家を不幸にする。それこそ、1件の例外もなく、1人のもれもない。
少しく頭のよい注意深い人は、これを一々の実例に見て、天の記録の精密さ、
そのむちのきびしさに襟を正す。天をおそれることはこの事である。
これ以外に、普通約束といえば、何かある時、人と人とが約束したこと、
きめたことと、考えられている。これも亦、破約の場合、
間違った人は別に損得はないが、破られた方が損をすると考えられている。
これも見かけの上の事で、破った方は、守らなかった責任がある。
これがただ道徳上の責任というだけですむように思われている。
それが実はそうではない。破った方が、必ずその責めを分担せねばならぬこと、
いやでもきらいでも、その責めを実際生活の上に負わされて、
困りぬいている実例の多いことは、この絶対倫理の一々実証しているところである。
とりわけて、きびしい破約に対する天の刑罰は、
親子夫婦等の血縁の間の「きめごと」である。
これは、まだ世に明かにされていない、ひめごとの幕に包まれている。
絶対倫理はこの秘密の扉を開いて、血縁のきめごとの誤りから来た肉体上の苦痛を、
見事に解決している。
ことにきめごとの中で、時間を守るという、文化人として最初のテストに
見事に落第した日本人は、今日ただ今を期して、まず時間を正しく守ることからはじめて、
生活をたて直さなければ、再びその時は来ないであろう。



約束って大切ですね。
と、ひと言で片付けるのは簡単ですが、実は奥が深いということ。

時間を守るということで言えば
いつも必ず時間にちょっと遅れてくる人がいます。
開始時刻ギリギリに来る方もいます。
逆に必ず15分、30分と早めに来られる方もいます。
そして、寝坊する論外の人もいます。

時間を守ることは全ての基本となるのでしょうね。
そして、全ての”きめごと”は人間として守るべき根本のような気がします。

動機が善で、世間のお役に立つよう正しく前向きに働き、私利私欲に走らず
世間常識に従い、約束を守って行動すれば、自ずと結果は出てくるものと信じます。


破約失福… 物事の考え方の基本を示しているように思えます。

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