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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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万人幸福の栞(その15)
本日は「万人幸福の栞」の15番目です。

何ごとも信じることが大切 …と言われても実際は難しいですね。

やはり練習や努力がいざというときに、信じる力に繋がると思います。
憂えるということは、日頃やっていないからそのような心境になるのでしょうね。


「信ずれば成り、憂えれば崩れる (信成万事)」

自信のないことは失敗する。
練習するということは、その仕事なり、競技なりに慣れて間違いのないように
するのが、その形から見たところで、その実は、信念をつけるのである。
信念をねりかため、ねりあげるのである。
きっとできるぞ、きっとやるぞ、と動かぬ信念がその事を成就させる。
自信はモーターの馬力である、仕事の推進力である。
形ではまだ出来ていないが、心ではもう出来上っているのである。
信ずるという事は、事実そうであるから、それと信ずるのではない。
そうであることは信ずるも何もない、もうすでにそうである。
ほんとうに信ずれば、そうなるのであり、必ず信じた通りにさせるのである。
「信ずるが故に神あり」とは、この事をいう。信ずる所に神が現われ、仏がまします。
故に「信は力なり」と言う。人は、縄をもっては、その肉体をしばる事はできるが、
その精神をくびることは出来ぬ。人の心を“かなしばり”にしばりつけるものは、
ただ一つ信(まこと)あるのみである。
「士は己を知る人の為に死す」(『史記』)と言った。知るとは信ずることである。
心の底から信じてくれる人には、うそをつくことが出来ぬ。
信ずる人をごまかすことは出来ぬ。
人の世の交りの本は「信ずる」ことであり、事をなすの根本の力は信念である。
決心の強いか弱いかによって、仕事の成否がきまるが、
決心ということは、今までなかった事を、こうしようと信念を定めることである。
「ちかい」(誓)というのは、人と人とが、又人が人以外のものと結びあって、
信念をかためることをいう。
「祈り」は、神にすがって信念を確立するのであり、大宇宙の大信念と一致しようと
するのである。「祈るときすでに成就したものと思え」とは、そのことである。
悪人を善人にする唯一つの道は、信ずるにある。
悪人だから信じられぬというのが常識であるが、悪人だから信ずる。
信ずるから悪をしないのである。信は、動いて愛となる。
そして、すべてをうるおし、すべてを充たす。信には欠けるところがない。
信は成し、信はみたす。
憂えるのは疑うからである。あぶないから憂えるのではない。憂えるから失敗する。
憂えるからあぶない。病気は恐れ憂えるから長びく、重くなる。
事業は憂えるから崩れる。農業のような自然力によった仕事でも憂えるから実りが悪くなる。
うれえるの反対は、喜ぶことである。希望にもえること、信ずることである。
喜びより発して、信に帰る。愛は信より発する光であり、熱である。
人生は信によって成る。乱れは信の欠けたことからおこる。



何があっても、希望にもえて信じる。
心配したり、憂える心から実際にその方向へ傾いていってしまう。

憂えるということは、やはり日頃の鍛錬、練習や努力が足りないのです。
真剣さが足りないのです。何も行動せずして成就することはまずあり得ません。

まず思い描く。そして覚悟を決めて事に当たる。
いざという時に憂えないような行動を取ることが大切なのですね。

何の自己目標もなく、自分を磨こうともせず、毎日何となく会社に来る。
ただ給料をもらうためだけに存在している人がいるとするならば、
心をあらためていただきたいものです。

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