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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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万人幸福の栞(その16)
本日は「万人幸福の栞」の16番目です。

恐れ、怒り、ねたみ、不満の心
このような感情は、人間として日常あることだと思います。
しかし、それがどのような影響を及ぼしているでしょうか。
人に及ぼすということは何を意味するのでしょうか。



己を尊び人に及ぼす(尊己及人)

人は案外、浅知恵である。
世の中にたった一つしかない宝を一ばん粗末にしている。
その宝は、己自身である。昔、あるアフリカ人にカッパを与えた。
雨が降り出すと、それをたたんで、わき下にかかえ、雨にぬれながら歩いて行ったという。
着物や金などは、大切にする、けちけちする。
又、人から悪く言われたりすると腹をたてるが、
その実、自分自身はいっこうに大切にしておらぬ。
いわゆる保健衛生に注意せず、命を縮めていることについては、ここに記すまでもない。
人は働けば健康である。なまければ体は弱る。
それに、何とかして仕事をすまい、うまい物はたべたい、楽はしたいと願う。
これを命をちぢめたいという事になるのである。
とりわけて、恐れ、怒り、悲しみ、ねたみ、不足不満の心、
それはただに、一切の病気の原因になっているだけでない。
生活を不幸にし、事業を不振にするもとであり、
己の不幸をまねく根本原因であることを知らぬ。
最も己を大切にすることは、自己の個性を、出来るだけのばして、
世のため人のために働かすことである。
それには、仕事をなまけ、研究を怠り、身をおしんでいては、とても出来ることではない。
己の一切を学問にささげ、事業に傾け、仕事に没頭してこそ、
はじめて異常の働きができる。
己の、大きな向上、躍進、完成は、己を空しくすることである、
身をささげることである。ここに必ず真の幸福が添うのである。
己を尊ぶ心そのままを人に及ぼしてこそ、世界は尊敬の光につつまれ、
愛の慈雨にうるおされて、地上の楽土が出現する。
己を尊ぶの極は、ささげるにある。
ここに人を尊ぶと己の尊ぶと、一如の絶対境が現われる。
ささげ尽して己がなくなった時、一切が己となる、天地が己となる。
自他一如、捨我の絶対境である。人の喜びが、まことのわが喜びである。
世と共に喜び、人の悲しみをわが悲しみとする。
小さい己は、消えうせて、天地と共に生きる不死永遠の絶対境である。



まず己を尊び、よく働き、自分を高める。
その心そのままを人に及ぼし、ささげ、最後に己がなくなるという境地は
言葉で言うのは簡単ですが、もちろん実感としてはありません。

まだまだ人生修行ですね。

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