朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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心の鏡
松下幸之助氏の超ベストセラー「道をひらく」。

その中には松下氏のさまざまな体験から来る言葉が詰まっています。
私は何かあるとこれを開きますが、本当に元気がもらえます。


「心の鏡」

自分の身なりを正すためには、人はまず鏡の前に立つ。
鏡は正直である。
ありのままの姿を、ありのままに映し出す。
自分のネクタイは曲がっていないと、がんこに言い張る人でも、
鏡の前に立てば、その曲直は一目りょうぜんである。
だから人は、その誤ちをみとめ、これを直す。

身なりは鏡で正せるとしても、心のゆがみまでも映し出しはしない。
だから、人はとかく、自分の考えやふるまいの誤りが自覚しにくい。
心の鏡がないのだから、ムリもないといえばそれまでだが、
けれど求める心、謙虚な心さえあれば、心の鏡は随所にある。

自分の周囲にある物、いる人、これすべて、わが心の反映である。
わが心の鏡である。すべての物がわが心を映し、
すべての人が、わが心につながっているのである。

古(いにしえ)の聖賢(せいけん)は「まず自分の目から梁を取りのけよ」と教えた。
もうすこし、周囲をよく見たい。もうすこし、周囲の人の声に耳を傾けたい、
この謙虚な心、素直な心があれば、人も物もみなわが心の鏡として、
自分の考え、自分のふるまいの正邪が、
そこにありのままに映し出されてくるであろう。


自分の身の回りにいる人、起こること、これが自分の鏡であると考えれば、
全ては自分の責任ということになります。

うまく行かないからといって、周囲に当たり散らしたり
全てを人のせいにしたりする人は、間違いなく信頼されません。

このような人は、周りがいくら助言、注意しても、
本人に気づきがなければ治りません。”逆ギレ”する人もいるでしょう。


心の鏡を持つということは、全ての人の人生の修行のようにも思います。
これからも私自身、肝に銘じてきたいと思います。


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