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朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店、若林佛具製作所から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
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日本文化は作られたもの?
かなりおもしろいお話でした。

月一で朝8時より朝食を採りながら行われる「京都クオリア経営者塾」、
毎回、堀場製作所の堀場 厚CEOを囲んで、激論?が交わされます。

今回はご講演者として京都女子大学 前崎信也准教授がスピーチされました。
さて、日本文化はどこから始まったのか。

福沢諭吉が「帝室論」(1882年)で選んだ代表的な日本の芸術として

書画、彫刻、剣術、槍術、馬術、弓術、柔術、相撲、水泳、諸礼式、
音楽、能楽、囲碁、将棋、華道、茶の湯、香道、大工、左官、盆栽、
植木屋、料理、割烹、蒔絵、漆塗、織物、染物、陶器、銅器、刀剣、鍛冶

ということになっています。
この頃に海外へ日本を紹介するために作られたものなのです。

日本の幕末~明治初期のこの頃、既に西洋は産業革命で博覧会が行われ、
1860年代に日本から国家予算の半分を使って英国へ出品したこと。
福沢諭吉を含む外交団は“マゲ”に羽織袴、刀という出で立ちで現れ、
現地で大変注目されたこと。
その頃は全国300余りの藩が存在し、他国というと隣藩を指していて
USJ(ユナイテッドステイツオブジャパン)状態であったこと。
とてつもない多様性であったといえます。

たった150年前に起こったこととは思えない、大変興味深いお話ですね。

当時、日本芸術とされたものは、日常使われていたものや技術であり、
決して特別なものではなかったと思われますし、明治期より発展してきた
京都の産業も、100年前は伝統でも何でもなく日用品の範疇であったと考えます。

100~150年を経た今、伝統産業といわれるようになったわけです。

今こそ、100年後の新たな伝統を作るときだと思います。
たった100年前の産業を、「伝統」として守るだけでは成り立たない
ことに気づかねばなりません。

よき技術は、引き続き「伝統技術」として使わせていただき、
変えるべき所は現在の技法も取り入れて大胆に変えていく。

京都の素晴らしい仏具の伝統技術を、具体的な製品として世界へ発信して
いくことが、我々に課せられた使命なのではないかと思う今日この頃です。


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