FC2ブログ
朝に礼拝 夕に感謝!
京都にある老舗仏壇・仏具店から「あんなこと」「こんなこと」さまざまな情報を発信します。朝(あした)に礼拝(らいはい) 夕(ゆうべ)に感謝!
201910<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>201912
言葉は生きている
最近気にとまった文章です。
若林の朝礼で毎日唱和している「職場の教養」の発行元、
倫理研究所の元理事長、丸山竹秋氏のことばです。


言葉は、生きている。
ただ口から吐き出されて、そのままじっとしているのではない。
やさしい言葉をかけてやると、なごむ。
また暗い、ゆううつなことを言い続けると、暗く、ゆううつな事態が起こり、
明るく、朗らかなことを言い続けると、明るく朗らかな事態が起こる。

ある人は、田畑の作物をほめる。「よく稔ったなぁ、すばらしいぞ」と言葉をかけ、
その葉や枝や実を撫でるようにして可愛がっている。
彼の作物は、大変稔りがよい。
「もっと、よくなれよ」彼は、生きた人間に言いかけるように、期待をかけているが、
作物はそのようにすくすくと育つ。

またある人は、自分の使う機械類、道具類をいつもほめて、感謝する。
「よく働いてくれるなぁ。お前のおかげでこんなに仕事ができた。明日もまた頼むよ」
といった具合である。
この人の使うものは、なかなか故障しない。そして能率も良い。

美しいとほめる心が、その通りの言葉となって、その言葉が閉ざされている人の
心を開き、美を伝える。
美しいと言えば美しくなり、きたないと言えばきたなくなる。
物そのものに善悪美醜があるのではなく、人間の心によってそれぞれに評価され、
意味をもってくる。

一度言葉に発せられたことは、必ずこの世に実現し、実際に現れるものとの考え方が、
祝福すれば、その内容の通りに将来実現するという信念となる。
成績の悪い子でも、よい子だとほめ、しつけをし、可愛がっていると、よい子になる。
バカな子だと、くさってばかりいたのでは、どうしてよくなることがあろうか。

自分の仕事はだめだだめだと言っていると、その言葉は、自分の心をも暗くさせ、
周囲の人にも響いて、その言葉通りに仕事はダメになってしまう。
今はダメでも将来必ずよくなるぞと、言葉をかけてやっていると必ずよくなってくる。
言葉の中にある信念が、事情を変えさせるように働きだすからである。
しかし信念といっても、言葉と別物ではない。
言葉そのものになって表れているのである。詫びの言葉は詫びの働きをし、
いたわりの言葉は愛の発露となって、動植物までも及ぶ。

ある百姓は、田に水が涸れていると「さぞ喉がかわいたろうなあ」と言いつつ水をやり、
草をとる時は「せっかくの肥料を草にくわれてしまって、ひもじかろうなあ」と
稲を可愛がっていたところ、一反あたり一俵半も多くの収穫をあげたのであった。
こうした実例は、まだまだ枚挙にいとまがない。

まさに言葉は生きている。
言葉の通りに、自分の周囲が変わり、言葉によって自分も変わっていくのである。
さっそくその効果を、わが身に試してゆこうではないか。


前向きな言葉を発することの大切さがここにも記されています。

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.